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声明・意見書2006年度

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札幌市国民保護計画に対するパブリックコメント

札幌市長 上田 文雄 殿

2006年(平成18年)10月30日
札幌市中央区北1条西10丁目
札幌弁護士会館7階

札幌弁護士会
会長 藤本 明

意  見  書

札幌市国民保護計画素案に対し、以下のとおり意見を述べます。

第1 有事法制下における国民保護法の位置づけ-平和構築こそ何よりの国民保護

  1. 日本国憲法第9条1項は、国際紛争の武力解決を放棄し、平和的手段による紛争解決を宣言した。そして、その目的達成のために、2項で軍隊の不保持と交戦権の否認を定めた。従って、自衛隊の合憲・違憲の議論はひとまずおくとしても、海外での武力行使が禁じられていることは明らかであり、その意味で自衛隊はわが国の防衛のためにのみ存在している。
  2. しかしながら、政府は、1999年5月に周辺事態法を、2003年6月には武力攻撃事態法等3法を、そして、2004年7月には国民保護法を含む有事関連7法及び3条約批准を国会で成立させた。その結果、自衛隊は、政府が「周辺事態」あるいは「武力攻撃事態」と認定した際には、在日米軍等と一緒になって、日本の領土内であるか否かを問わず、軍事行動・武力行使を行うことを可能とする法体制が作られてきた。

    具体的には、米軍支援法、自衛隊法一部改正、ACSA改正などによる米軍支援の法体系、特定公共施設利用法や臨検法などによる交通通信管制に係わる法体系、ジュネ-ブ条約議定書1、同2、捕虜法などによる交戦法規の法体系などがあり、国民保護法はこれら有事法体系の一部として位置づけられ、かつ、一部にすぎないことが確認されなければならない。

  3. 以上より、いま仮に、政府が道内あるいは札幌市内に対する武力攻撃事態等を宣言して、有事法制が発動された場合、まず最初にその武力事態を排除するために軍事的な「対処措置」が発動されることになる。その一環として、自衛隊法によって、道内、札幌市内の医療・輸送・建設等の関係者は、自衛隊に対する協力の要請を受ければ、これに応じることになる(いわゆる徴用動員)。また、特定公共施設利用法に拠って、道内・札幌市内の空港・港湾・道路などは自衛隊の専属的な管轄下に置かれることになる。さらに米軍支援法によって、地方自治体や一定範囲の事業者は、米軍の兵站活動への協力も求められることになる。
  4. 従って、ひとたび武力攻撃事態等が発生した場合、国民保護のための人的・物的資源は、「敵の侵害の排除こそが最大の国民の保護」との考えの下に、まずは武力攻撃を排除するための軍事的活動への協力に動員される可能性が高いと言わざるをえない。そうすると、国民保護のために、例えば、医療・輸送・建設等の関係者の協力を求めたくとも、それらの関係者は、まずは武力攻撃事態を排除するためへの協力が優先される可能性が高く、法制度上も事実上も国民(住民)保護は「後回し」にならざるをえない。

  5. 以上からは、結局、国民(住民)を真に保護するためには、北海道あるいは札幌市に「武力攻撃事態等」が招来しないよう、日頃から平和の構築に尽くすことがもっとも賢明かつ現実的な方途であると言うことができる。この点では、政府の責任が大きく、自治体あるいは住民として国政に積極的に働きかけていくことが重要であるとともに、自治体及び住民自らが直接平和の構築に向けて実行できることもけっして少なくない。
  6. 例えば、政府が「武力攻撃事態等」として想定しているものは、いずれも軍事目標主義に反し一般住民に対して無差別攻撃を行うものであって、国際人道法に違反する行為である。日本国憲法前文の立場からは、かような国際法違反の行為に対しては、国連や国際人権組織、平和団体などを通じて、国際社会として絶対に認めないとする合意の確立をめざす国際的・国内的な活動こそ重要である。そして、それは、ひとえに政府のみの責任ではなく、住民に最も身近な立場にある地方自治体もその役割を果たし得る。いわゆる自治体外交、民間平和交流の推進の意義がここに存すると言える。

    また、地方自治体の地域内において、軍事基地など対外的に敵対する施設の設置を認めず、あるいは縮小していく(自治体レベルの軍縮)、あるいは核兵器廃絶などの平和都市宣言を行うことで、国内外に向けて平和構築を積極的にアピ-ルし、それが広く認知されるようにするなど、自治体レベルの安全保障の追求の観点も重要である。

第2 計画の作成手続についての問題

  1. 札幌市における国民保護計画は、委員58名からなる協議会と、委員の属する機関の職員のうちから市長が任命する幹事49名から構成される幹事会によって作成作業が進められている。
  2. このうち協議会は、法で定められた指定地方行政機関、指定公共機関等から37名が任命され、約6割を占めているほか、市長が「国民保護措置に関して知識・経験を有する者」として任意に任命した21名も、約半数の10名が市内各区消防団団長となっている。

    その結果、女性委員は中央区長1名に過ぎず(女性比率1.7%)、学校関係者は教育長1人のみで学校現場や保護者からは選出されておらず、障害者や高齢者などの福祉施設や団体、女性団体、外国人に関わる団体などからも選出されていない。

    これは、国民保護計画の策定にあたり、住民の生命、身体、財産の安全を保護すべき地方公共団体の使命に照らし、軍事的な行動を優先することで住民、特に社 会的弱者の人権や生命、財産の安全が侵害されることがないよう十分検討されるべきであることに鑑みると、極めて問題である。

    従って、市長が任命できる「国民保護措置に関して知識・経験を有する者」を活用するなどして、前述した観点から委員の追加任命を積極的に行うべきである。

  3. 保護計画作成のスケジュ-ルは、以下のとおり、実に早いペ-スで進められている。各協議会の所要時間は1時間30分と予定されているので、総時間でも僅か4時間半にすぎない。
  4. 6月27日 第1回協議会
    7月26日 第1回幹事会
    8月30日 第2回幹事会
    9月21日 第2回協議会
    11月20日 第3回幹事会(予定)
    11月30日 第3回協議会(予定)
    12月 北海道知事との協議(予定)
    2月 計画決定(予定)
    3月 市議会へ報告・公表(予定)

    国民保護法によれば、国民保護計画は、議会へ報告がなされるだけで審議も承認も不要とされており、議会制民主主義や人権制約ル-ルの観点から厳しく批判されているところである。従って、国民保護計画策定にあたっては、札幌市特有の、あるいは多様な市民の意見を直接かつ広く聴取し、反映させるよう格段の配慮を行い、慎重な審議を行うべきである。

    その場合、北海道知事と行う「協議」については、「同意を得るために努力することであり、必ずしも同意は前提としない」と理解されている(磯崎陽輔『国民保護法の読み方』時事通信社98頁参照。同氏は政府担当官)。従って、専門的あるいは科学的な知見、協議会委員がカバ-していない分野の知見などについて、協議会に十分反映させた審議が行われるべきであり、既定のスケジュ-ルや審議方法にとらわれるべきではない。よって、協議会の開催を増やし審議の充実を図る、市民と意見交換する機会を設ける、議会の審議に付しあるいは意見聴取の機会を設ける(法で禁ぜられているわけでない)ことなどを積極的に行い、民主的制定過程の確保を最大限に図るべきである。

    また、幹事会は、協議委員を補佐する機関にすぎない。しかるに、8月30日開催の幹事会において「武力攻撃事態及び緊急対処事態」の想定について自衛隊幹部が出席し説明したのに対し、9月21日開催の協議会では行わないなど、協議会の審議に対する軽視が見られるのは問題である。前述したように、協議会の審議に十分な回数と時間が保障されるべきである。

第3 計画策定の前提である武力攻撃事態等の想定を現実的に行うこと

  1. 国の定める「基本指針」により、?「武力攻撃事態」として、①着上陸侵攻、②ゲリラや特殊部隊による攻撃、③弾道ミサイル攻撃、④航空攻撃の4類型、?以上の予測事態(武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態)、?「緊急対処事態」として、①危険性を内在する物質を有する施設などに対する攻撃、②多数の人が集合する施設及び大量輸送機関などに対する攻撃、③多数の人を殺傷する特性を有する施設などに対する攻撃、④破壊の手段として交通機関を用いた攻撃の4類型が想定されているが、これらについて、今日の国際政治・軍事情勢の下で、札幌において想定される事態はどういうものか、その態様や発生可能性について、できる限り具体的、科学的に検討することが大前提となる。
  2. なぜならば、国民保護計画は、極めて限られた人的・物的資源や諸条件の中で対処方法を策定し、180万人市民の権利・利益の保護にあたるのだから、財政や人的資源の無駄遣いにならないよう、最も効果的な方途が考えられなければならない。また、今後市民に対する避難訓練を行うことになるが、想定された「事態」が非科学的で非現実的なものであれば、市民の協力を得ることができず、財政や人的資源の無駄遣いに終わる。

    そして、想定される「武力攻撃事態」に関する情報については、自治体が日頃から検討し、住民に情報提供していくことが必要である(法8条参照/国民に対する情報の提供)。なぜならば、武力攻撃事態は、ひとたび発生したならば、政府がトップダウンで地方自治体に対して指示し、是正命令を出し、直接執行する体制を取ることになっている。自治体の中には、これを理由に、「武力攻撃事態等」の想定について具体的・主体的に議論することを避ける傾向があるようだが、けっして矛盾することではない。むしろ、住民避難について直接責任を追う自治体において、日頃から検討し準備し、政府や北海道に対して意見を述べるなど日頃から問題意識を持つことなしに、迅速かつ適切な対処はできないというべきである。

  3. 以下、類型ごとに想定の問題点を指摘するので(住民避難の方法とも関連するので、併せて指摘する)、協議会において慎重かつ十分に検討されたい。
  4. (1) 着上陸侵攻について
    ①誰(どこの国)が、どこに、どのような態様で上陸するとの想定なのか不明である。後記3で述べるように、想定の必要がない。
    ② ①の場合に、避難の対象となるのが誰で(地域的範囲、人数など)、その避難情報の周知をどう行うのか、避難先は何処か、使用する交通機関などの避難方法の確保、避難先の受け入れ体勢などについて、具体性・現実性がない。
    ③ ②の具体化にあたり、「敵の侵害の排除」にあたる自衛隊の行動との関係がどうなるのかが明らかでなく、住民避難が後回しにされる可能性が高い。

    (2) ゲリラや特殊部隊による攻撃
    ① 誰(どこの国)により、札幌市内のどこに対して、どういう攻撃を受けるとの想定か、不明である。
    ② 治安維持を任務とする警察の任務との関係が不明であり、想定する意義に乏しい。

    (3) 弾道ミサイル攻撃
    ① 誰(どこの国)が、札幌市内のどこに対して、どのようなミサイルを発射するとの想定か、不明である。
    ② 「迅速に個々人が対応できるように、その取るべき行動を周知することが主な内容になる」とあるが、具体的内容が不明であり、その実効性に疑問がある。

    (4) 航空攻撃
    ① 誰(どこの国)が、札幌市内のどこに、どういう航空攻撃を行うとの想定か、不明である。後記3で述べるように、想定の必要がない。
    ② 「この場合の避難については、着上陸侵攻の場合と同様とする」とするが、避難の方法や実効性については、着上陸侵攻で指摘したのと同様の問題が存する。

    (5) 緊急対処事態
    ① 攻撃対象、攻撃手段等について、どういう具体的想定をしているのか、明らかでない。
    ② それぞれの事態について、市民の被害防止のために実践的に必要なことは何か、その手順や内容について具体的でない。特に、防災と国民保護措置(住民避難)の内容がどう関係づけられるか整理されていない。

    例えば、生物兵器攻撃や化学兵器攻撃は、気付いたときには被害が拡大しており(前者)、あるいは極めて短時間で即効性が現れる(後者)。このような場合、医療機関に知識や治療方法を徹底し、救急治療体制を確立しておくことこそ必要なことであって、国民保護法制により政府からの指示で対処しようとすると初動を誤り、遅れることになりかねない。

    結局、現実的・実践的な立場から考えると、肝心なことは、生物兵器攻撃や化学兵器攻撃であったか否かではなく、大規模事故や地下鉄サリン事件のような突発的な大事故・事件を想定した企業・自治体のマニュアルをしっかりと作り、直ぐ対処できるようにしておくこと、すなわち防災対策の充実こそ基本なのである。以上の視点と内容を、「第1編 総論」の第2章(基本方針)及び第5章(市国民保護計画が対象とする事態)に盛り込むべきである。

  5. 上記の検討にあたり、消防庁国民保護室が2005年2月に出した市町村国民保護モデル計画素案において、①の着上陸攻撃と④交通攻撃については現実性が低下しているとして「事態発生時における国の総合的な方針に基づき避難を行うことを基本として、平素からのかかる避難を想定した具体的な対応については定めることをしない」としていることに鑑み、具体的な対応は定める必要がないというべきである。なぜならば、消防庁の上記素案の認識の基になっているのは防衛白書であり、防衛庁自身、北東アジアの国が日本を(ましてや北海道を)着上陸侵攻あるいは航空攻撃をする可能性はほとんどないと分析しているのだから、わざわざ有りもしない「敵」を想定することは徒らに対立感情を煽り、有害ですらある。
  6. ②のゲリラや特殊部隊による攻撃は、地下鉄サリン事件を想起すれば分るように、本来は治安の維持を目的とし、継続的な捜査と迅速な対処を任務とする警察の管轄なのであって、有事法制の体系とは本質的に相容れないものである。

    また、③の弾道ミサイル攻撃については、素案自体の中で、その攻撃を想定しても「避難」すること自体困難であるとして、住民を屋内に避難させることを基本とし、ミサイル発射時においては「避難誘導」は想定されないとしているとおり、想定しても意味をなさないものである。

    以上に加え最も重要なことは、第1で前述したとおり、そもそもこれら武力撃事態は、軍事目標主義に反する無差別攻撃として国際人道法上許されない行為であるということである。平和都市宣言(平成4年3月30日)を行い、「戦争のない平和な世界を築くことは人類共通の願いです」として核兵器廃絶をも強く訴えている札幌市としては、自治体として国際人道法遵守と国際平和の構築に積極的に努力し、それを国内外に広くアピ-ルして、「平和都市・札幌を武力攻撃してはならない」とする信頼とコンセンサスを作り上げていくべきである。それこそ市民を守る大道である。「戦争になったら無差別攻撃されることも当たり前で、何でも有りなのだ」という認識が市民に広がることこそ、平和意識の涵養、平和の構築にとって障碍である。

    札幌市としては、以上の観点を、素案「第1編 総論」第1、2章において、基本的な考え方、基本方針として盛り込み、明記すべきである。また、「第2平素からの備えや予防」第3章(国民保護に関する啓発)においても同主旨の規定を設けるべきである。

第4人権侵害を防止する具体的規定の必要性

  1. 国民保護法の諸規定は、国民保護措置の内容が不明確であるとともに、措置の実施主体に広範な裁量権が与えられており、人権侵害の危険性があることに加え、人権を制限する場合の構成かつ適正な手続についても具体的に定めていないことなど、人権侵害の可能性が高いものになっている。
  2. 重要なことは、地方自治体は、武力攻撃事態法5条で、住民の生命、身体及び財産を保護する使命があるとされ、住民の避難や援助の役割を担わされているが、実はそれだけに止まらない。自衛隊法や米軍支援法では、自衛隊・米軍の行動を助けるために、土地の収用をしたり、物資の保管をしたり、医療・土木建築工事に携わる者に対し業務従事命令を出すといった、兵站活動の一端を自治体が担わされることになっている。特定公共施設利用法では、自治体が管理している港湾施設や道路・飛行場施設などについてまずは軍事作戦が優先されることになる。敵の侵害の排除こそが最大の国民の保護になると強調される可能性が高い。そのときに、自治体がどこまで住民の側に立って、人権・利益の保護に尽力するか、できるのか、この点を明確にする必要がある。

  3. 以上の観点に立って、住民に対する人権侵害を防止するために、国民保護計画作成にあたっては、各保護措置において、その実施が想定される場面において、具体的に侵害される可能性のある人権を検討し、人権侵害が発生しないために具体的にどのような定めをしておくか、慎重に検討されなければならない。
  4. ところが、札幌市国民保護計画素案では、総論において、国民の自由と権利の尊重、制限を加えるときは、必要最小限、公正かつ適正な手続のもとに行うといった当然のことを抽象的に定めているに過ぎず、各国民保護措置に応じて、具体的にどのようにして人権侵害の発生を防止するか、といった規定が置かれていない。

    以下、特に重要と思われる幾つかの諸点について、具体的に指摘する。

    ① 「第2編 平素からの備えや予防」第5で市職員の研修及び訓練の規定がおかれているが、研修機関や講師などの規定からは、防災等の実務的な研修を想定しており、職員の人権意識を涵養する研修を意識的に位置づける内容になっていない。法5条(基本的人権の尊重)、同6条(国民の権利利益の迅速な救済)同8条(国民に対する情報の提供)などの諸規定及びそれらの法規定を受けた札幌市の素案自体も同様の規定を置いているのだから、そしてこれらは国民の人権保障のために不断に意識的に追求されなければならないものだから、その主旨を上記の中に明記すべきである。具体的には、人権保障に対する理解と実践に関する研修を行う旨規定し、「外部有識者等による研修」の中に、「弁護士会の協力」又は「弁護士の講師」も例示として入れるべきである。

    ② 素案は、「第1編 総論」の基本方針?で「高齢者や障害者等への配慮」を掲げるなど、各所で「特に配慮を要する者の保護について留意する」旨の定めをしている。しかし、言葉としては恩恵的な意味の「配慮」に止まり、これらの市民あるいは市民団体が、自らの権利・利益を守るために札幌市と協議したり意見聴取の機会を得るといった手続的保障にはなっていない。

    国民保護計画策定にあたって議会の関与が排除されており、かつ、協議会が前記「第2」1で述べたような構成であることに鑑みるならば、「配慮」に度止まらず、これら「特に配慮を要する者」を代表する団体と協議する旨の積極的な規定をもうけるべきである。

    ③ 素案は、逆に「第2編 平素からの備えや予防」第2の6(自主防衛組織等に対する支援)、「第3編 武力攻撃自体等への対処」第3章の8(自主防災組織、ボランティア団体などに対する支援など)などの各所で、「自主防衛組織や住民組織等」「ボランティア関係団体」に対する支援を謳っているが、これは自治体による特定の団体・組織に対する政治的な利用、差別的な扱い、さらには特権や経済的利益の付与、私的権力の行使になりかねず、極めて重大な問題を孕むと言わざるを得ない。かような問題を生ぜしめないよう厳しく戒める規定を盛り込むべきである。

    ④ 事前措置(武力攻撃事態が発生する恐れがあり、武力攻撃災害の拡大を防止するため緊急の必要があると認められるときに、設備又は物件の占有者、所有者又は管理者に対して、当該設備又は物件の除去、保安その他必要な措置を講ずることを指示)、退避の指示、警戒区域の設定、応急公用負担(緊急の必要あるときに他人の土地、建物その他の工作物の一時使用又は土石、竹木その他の物件の使用もしくは収用、支障となるものの除去その他必要な措置)などは、必然的に国民の財産権行使や活動の自由、さらには報道機関の取材の自由なども制限するものであるが、各措置をとる場合の具体的要件や手続規定が定められていない。この点は、人権保障の観点から極めて問題であり、少なくとも速やかに手続規定を定める旨定めておくべきである。

    住民の人権の保障が自治体の使命であり、総論で抽象的な人権尊重の定めをおいただけでは人権保障の担保にはならない。このことを肝に命じて保護計画の作成をすすめなければならない。

第5 自然災害と武力災害攻撃の相違を認識して検討する必要性

  1. 国民保護法においては、武力攻撃によって発生する被害を「災害」と位置付けているが、自然災害と武力攻撃災害とは本質的に異なり、それに対応するための措置の実施内容も本質的に異なる。それは、「敵」が存在するかどうかである。
  2. 「自然」や「火災」は、意志を持たない現象に向き合うのであるから、「攻撃してくる敵」とか「どう攻撃されたらどう対処する」といったことを考える必要がなく、自治体のやるべきことを住民保護に自己完結させることができる。ところが、武力攻撃事態等は、「敵国」「テロリスト」などを念頭におき、それらがどう攻撃してくるかといった「敵」の意図、行動との関連で対策を組み立てるものであり、しかも本質的に自治体の判断能力・決定権の範囲を超えている。

  3. 緊急対処事態として想定されているゲリラ・特殊部隊等によるテロ攻撃についても、現場において実践的に重要なことは、前記「第3」2?で指摘したように、ゲリラ・特殊部隊等による攻撃かどうかではなく、突発的な大事故・事件を想定したマニュアルをしっかり作り、日常的な保健衛生行政、緊急の搬送、治療体制などを充実させることである。地下鉄サリン事件のように、攻撃の内容や「敵」の存否・特定を速やかに行うのは困難であり、応急的な治療等に全力を挙げる中で、攻撃手段が判明し、救護方針が分り、犯人を突き止め、逮捕していくという筋道を辿ることにならざるをえない。その意味では、日常の防災・緊急医療体制、警察力こそ重要なのであって、「武力攻撃事態等」であるか否か政府の決定を待ち、トップダウンで指示を待っていては、かえって住民に対する救助や避難に重大な遅れを来すことになる。重ねてこのことを強調したい。
  4. また、武力攻撃事態のもとでは、言論統制等による国民の表現の自由や知る権利が侵害される危険性が高まったり、外国人に対する人権侵害が発生する恐れもある。また、本来武力攻撃の恐れすらないにもかかわらず、政府によって武力攻撃事態であるとの認定がなされて、それに対応して強制措置がとられる可能性もある。
  5. 従って、国民保護計画の作成にあたっては、自然災害と武力攻撃の違いを意識して、それぞれの事態でどのような人権侵害が発生する危険性があるか、それをどう防止していくかという観点に立脚して進める必要がある。

    また、担当職員が、自然災害と武力攻撃災害との区別を意識し、業務遂行にあたっては、これを混同したり、安易に転用することのないよう、その旨を保護計画にも明記し、周知徹底を図るべきである。

第6 再度、武力攻撃事態に至らせないための活動の必要性と意義について

  1. 地方自治体は、武力攻撃事態対処法の対処措置を実施する主体とされている(国民保護法3、5条)。「対処措置」には、侵害排除と国民保護の2つの措置があるが、地方自治体の主要な役割は、あくまでも国民保護にある。
  2. 武力攻撃事態対処法の下でも、地方自治体は「当該地方公共団体の住民の生命、身体及び財産の保護に関して、国の方針に基づく措置の実施その他適切な役割を 担うことを基本とする」とされており(同法7条)、「その他の適切な役割」とは、立法担当者によれば「国の方針に基づかない措置で、当該地方公共団体の独自の判断で実施するものをいう」とされている。

    札幌市の国民保護計画作成にあたっては、この条項を活用した自立的な措置にどのようなものがあり得るかにつき、積極的に検討する必要があると考える。

  3. 「住民の生命、身体及び財産の保護」を実現する手段は多様であり、憲法が地方自治体を三権と並ぶ統治機構の構成要素として位置づけていることに鑑みても、地方自治体は、住民の生命、身体及び財産を保護するために独自に積極的な行動を行う責務があると考えられる。
  4. そして、国家間の関係は、単に政府間の関係にとどまるものではなく、市民、自治体などによる多面的な交流による相互理解の形成は、国家間の対立を有事までに至らせない役割を果たすことにつながると考えられている。地方自治体は、武力攻撃事態対処法7条の「その他の適切な役割」として、市民間、自治体間の有効と相互理解を図る活動を積極的に行い、国民保護計画においても、それを具体化すべきと考える。

  5. 「平素からの備えや予防」も提唱されているが、このことは、有事を想定した体制づくりを意味し、思想・良心の自由を制限するなどの人権侵害が生ずることも予想される。むしろ、備えや予防の名のもとに、人権意識を後退させる可能性も考えられる。
  6. 本当に「平素から備えや予防」ということであれば、政府に対し外交によって平和を構築する努力を求め、在日外国人の権利擁護に努めるとともに、各国と自治体・民間の交流・協力を進め、平和や人権に関する教育の推進することなどが求められる。

    前述したように、札幌市は平和都市宣言をしている。上田文雄市長は、昨年8月4日広島で開催された第6回平和市長会議に出席して「反核、核廃絶は、広島と長崎に任せておいていいということではございません。日本の全ての国民が願うものです。私はまだ平和市長会議のメンバ-ではありませんが、日本にも、そういう都市がたくさん生まれてくるのだという運動を展開できればというふうに考えております。」と発言している。もとより、市民レベルでの国際交流、民間平和外交の取り組みも存在する。かような市・市民の取り組みを広げ、国内外にアピ-ルしていくことこそ重要かつ現実的な、住民保護の道である。かかる視点と取り組みの決意を国民保護計画に書き込むべきである。

以上

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