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声明・意見書2007年度

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光市事件の弁護活動への脅迫行為に対する会長声明

2007年7月10日

札幌弁護士会 会長 向井 諭

1 山口県光市において当時18歳の少年により主婦とその長女が殺害されたとされる、いわゆる光市母子殺人事件について、最高裁判所が、2006年6月、被告人を無期懲役とした原判決を破棄・差し戻し、現在、広島高等裁判所において審理が行われています。  この事件に関し、本年5月29日、日本弁護士連合会に、模造銃弾様のものが同封されて、「その元少年を死刑に出来ぬのなら、まずは、元少年を助けようとする弁護士たちから処刑する!」「裁判で裁けないなら、武力で裁く!」「最悪の場合は最高裁判所長官並び裁判官を射殺する!」などと書かれた脅迫文が届けられ、新聞報道によれば、その後も、7月7日に、朝日新聞社及び読売新聞社に同事件弁護団の弁護士を「抹殺する」などと書かれた脅迫文が届けられたとのことです。これは光市母子殺人事件の弁護団の弁護活動に対する明らかな脅迫行為であるとともに、刑事裁判制度自体を暴力により否定しようとするものです。当会は、このような脅迫行為に対し、強く抗議します。

2 この事件は、母親と幼い子の命が失われた大変痛ましいものであり、当会は亡くなられたお二人のご冥福を心よりお祈り申し上げ、ご遺族に対し、深く哀悼の意を表します。 しかしながら、この事件が、どんなに痛ましい事件であるかにかかわらず、被告人の弁護団の弁護活動は十分に保障されなければならず、それに対する脅迫行為は断じて許すことはできません。また暴力により刑事裁判制度を否定しようとする行為は絶対に許されるものではありません。

3 そもそも歴史的にみて、刑事手続の過程で不当な身柄の拘束、自白の強要などさまざまな人権侵害が行われてきました。このような歴史的事実を踏まえ、日本国憲法は31条において「何人も法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他刑罰を科せられない。」と適正手続の原則を定めて人権侵害の危険を回避しました。それの具体化のひとつとして、憲法37条1項では、すべての刑事事件においては被告人の公平な裁判を受ける権利を保障し、憲法37条3項では「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人に依頼することができる。」と弁護人依頼権を規定しています。 もし、弁護人が選任されないとしたら、被告人は、自分の言い分を十分に話せないまま判決を受けることになってしまいます。また、弁護人が選任されていたとしても、その弁護人の十分な弁護活動が保障されないとしたら、弁護人が選任されていないときと同じように、被告人が自分の言い分を十分に主張することができなくなる危険性があります。そのような裁判も、弁護人がいない裁判と同じく、公平な裁判ではありません。 裁判が公平に行われなければ、被告人が裁判を真摯に受け止め、反省の情を深めることもできないでしょうし、そうであれば、被害者の感情が宥和されることもないでしょう。 このように、被告人の弁護人依頼権は、単に弁護人を依頼することにとどまるものではありません。弁護人が被告人のために適切な弁護活動を行い、被告人が自己の主張を法廷で十分に主張し、十分な防御の機会が与えられることまでも保障するものです。 また、死刑判決が高度に予想される事件や死刑が言い渡された事件については、このような弁護人依頼権が特に重要です。国連の『死刑に直面している者の権利の保護の保障の履行に関する国連決議』は、「死刑が規定されている罪に直面している者に対し、死刑相当でない事件に与えられる保護に加えて、手続のあらゆる段階において弁護士の適切な援助を受けることを含む弁護を準備する時間と便益を与えることによって特別な保護を与えること」を求め、そのことを明らかにしています。 このように、被告人が弁護人を選任し、その弁護人から十分な弁護活動を受けることは、人類が長い歴史から勝ち得た権利なのです。だからこそ、多くの弁護士は、刑事弁護人の職務が、弁護士の本分の一つと理解し、全力をかけて刑事弁護活動に取り組むのです。 今回の脅迫行為は、弁護人の弁護活動を威嚇し、被告人の弁護人依頼権を否定するとともに刑事裁判制度自体を否定しようとするものであり、断じて許されるものではないのです。

4 当会は、今回の脅迫行為に対して強く抗議するとともに、今後とも刑事弁護に携わる全ての弁護士がこのような行為に決して屈することなく、その職責をまっとうできるよう、最大限支援していくことをここに宣言し、そのためにも憲法が保障している刑事弁護活動の重要性を国民の皆様にさらに理解していただけるように不断の努力をしていく決意でいることをここに表明します。

以上

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