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声明・意見書2007年度

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非司法競売手続の導入に対する声明

2008年3月25日

札幌弁護士会 会長 向井 諭

1 意見の趣旨
   法務省により導入が検討されている非司法競売手続の創設には反対する。

2 意見の理由

(1)法務省は,米国の民間競売制度が司法競売に比して安価で迅速な手続きであると評価されているとし,我が国においても裁判所の関与しないいわゆる非司法競売手続の導入を検討している。
その概要は,次のA案ないしD案の4つの手続案の創設を骨子とし,現行競売手続において作成されている現況調査報告書,評価書,物件明細書のいわゆる3点セットを作成することなく不動産を売却換価する手続である。

A案 公開オークションによる売却で,オークションの主宰者には制限はなく,価格の下限規制もない。
B案 実行抵当権者が所有者や後順位抵当権者に対し清算金及び目的不動産の見積額を通知した後売却する。オークションを要しない。
C案 競売可能価格の下限設定を設け,換価方法は公開オークションによる。3点セット類似の資料が作成され,現行不動産競売手続に最も近い。
D案 抵当権設定時における抵当権者と所有者との合意により様々のオプションを選べる。公開オークションでの売却や,売却や配当の実施を裁判所に委ねることも可能であり,A案ないしC案同様の実行方法もとれる。

(2)しかし,上記手続の創設には,なお以下の点が検討されなければならない。
第1に3点セットの必要性である。
競売参加者は,落札に際し,当該不動産の占有権原の有無,法定地上権の成否,賃借権の承継などの権利関係を把握してこれをする。
3点セットは,買受希望者が対象物件に関する情報を入手し,買受後のリスクを検討する最重要な資料である。また裁判所によるこれらの情報の調査と開示は,一般買受希望者に正しい情報を与え,買受人を保護することにより広く一般公衆を競売に参加させる重要な要因をなす。
このような意味を持つ3点セットを欠くことは,買受人の保護に欠けるとともに一般市民の競争入札参加を阻害することにもなることに注意しなければならない。
以上のとおりであるから、3点セットの作成を欠く競売手続を軽々に採用すべきではない。
第2に,非司法競売手続を創設すべき立法事実の存否が検討されなければならない。
競売手続の直近3年間の処理状況では,不動産競売事件の4分の3は申し立てから半年以内で売却処分に付され,売却率は全国平均で80%超,東京地裁及び大阪地裁では100%に近いこと,裁判所及び関係各機関の努力により,競売制度は極めて円滑に機能していると認められるし,現行競売関係機関からの現行制度を不都合とする意見は見られない。
加えて,第3に、非司法競売手続制度の懸念される以下の問題点の十全な検討が必要である。
そもそも現行制度は,平成16年改正において,売却のための保全処分の要件の緩和(民執55条),相手方を特定しない保全処分の発令を認める(民執55条の2等)など,執行妨害排除のための改正がなされ,一般市民が広く買受けに参加できる制度デザインを指向した。しかし,非司法競売手続に見られるA案ないしD案は,かかる方向に逆行することが看取される。
すなわち,A案,B案,D案では,3点セットの作成を欠くため対象物件に関する適格な情報が得られず第三者による入札が期待できない場面では,最低売却価額も設定されないのであるから,抵当権者による著しい低額での自己競落をも許すことともなる。このことは,アメリカで普及しているノンリコースローンを前提としない我が国の債権担保制度においては,債務者及び保証人を著しく害することとなる。
C案についても,この弊害を回避することが可能とはいえるが,単に現行制度を簡略化するものに過ぎないのであって,現行制度を廃してまで新制度として創設する意味はない。

(3) 以上のとおり,法務省が進めている非司法競売手続の各案は,共通して,占有を巡る権利関係や,これを前提とする明渡等の問題に関するリスクを専ら買受人が負担せざるを得ない仕組となっている。このことは,国民に「開かれた競売」を提供して,安心して競売に参加してもらうことにより幅広い買い受け希望者の参加による公正妥当な責任財産の換価を実現しようとする我が国のこれまでの競売制度の方向に逆行するばかりでなく,さらに,担保不動産を安価に入手さえすれば,権利関係のリスクや明け渡しの負担を省みることなく,これを不動産流通に廻せる者のみが競売に参加できるという事態をもたらし,暴力団や悪質ブローカーのための市場形成に陥る危険がきわめて大きいことが指摘される。
よって,当会は,非司法競売手続の創出・導入には,立法事実の欠如と上記のとおり看過し難い弊害発生の危険があるため,これに反対するものである。

以 上

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