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声明・意見書2011年度

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「札幌市公契約条例」の制定を求める会長声明

  1. 札幌市は、公契約条例の制定を今年度の重点課題の一つとし、その準備を進めてきた。昨年11月(仮称)札幌市公契約条例素案が発表され、パブリックコメントの募集を経た上で、本年2月14日に開会した第1回定例市議会において、「札幌市公契約条例案」が提案され、現在、審議されている。
  2. 公契約条例とは、公契約に基づく業務に直接・間接に従事する労働者の最低賃金額の遵守を委託契約の条件として受託事業者に対して義務付ける条例である。最低賃金制度が、地域内のすべての労働に対し適用されるのとは違い、公契約に関わる直接・間接の労働に対し、相当と認める最低賃金の支払いを義務付ける規制である。
  3. 札幌市は、条例制定の背景、必要性として、①公共投資が減少し、業者間の競争が一層激しくなり、低価格入札が多く見受けられる、②そのため、公共事業で働く労働者の賃金が低下するなど、労働条件が悪化している、③そのことにより、労働者の労働意欲の低下や事業の品質低下を招くおそれがあるだけでなく、低賃金によって、技能や経験を有する人材の確保や育成が困難となり、事業の継続や地域経済の健全な発展が阻害されることが危惧されていることを述べている。
    このような負のスパイラルが、札幌だけでなく、全国に広まっていることは、広く一般社会で認識されていると共に、当会が後援し昨年9月15日に開催された非正規労働者の権利実現全国会議札幌集会や本年2月3日に日弁連が開催した「公契約法・公契約条例の制定を求めるシンポジウム」でも確認されたことである。
    例えば、「公契約法・公契約条例の制定を求めるシンポジウム」では、東京都における建設技能労働者の賃金の実態が報告された。1992年と2010年を比較すると、建設投資が半減し、そこで働く労働者の収入が年間100万円以上の減収となり、2010年では、必要経費を差し引いた実際の所得が300万円以下という労働者が急速に広がっている。夫婦2人子ども2人という想定をすると、この300万円という所得額は、生活保護費を下回る金額である。このような低所得が最も大きな理由の一つとなり、建設労働者の中の若年労働者の占める割合が急速に低下しており、このような状況がこれ以上続けば、建設業に従事する若年労働者が不足し、技能や経験を有する人材の育成が困難になり、建設業自体が成り立たなくなる危惧も指摘されている。そして、賃金低下の重要な要因の一つとして、公共工事設計労務単価の低下があげられている。公共工事労務単価は、公共工事費の積算に用いるもので、国交省が毎年調査結果を「市場価格=実例価格」として設定しているが、毎年、予定価格を下回る入札が行われることで、公共工事労務単価も毎年低下するという事態が発生し、1997年と2011年を比較すると70%に低下している。
    また、このシンポジウムでは、霞ヶ関の官庁の警備を受注している会社の労働者の労働条件の実態を報告した。この労働者が勤務する会社では、24時間勤務を月15日間しても、手取りの月収が20万円を割り、有給休暇を取ることもできないとのことであり、労働基準法等の労働法規を遵守する会社は、霞ヶ関の官庁の警備を受注することは出来ないとのことである。
    このような公契約を巡る状況は、東京よりも景気が悪い札幌ではより深刻になっていることは明らかであろう。
  4. 1990年代以降、雇用の流動化が進められ、賃金の低いパートや派遣労働者が多数採用され、その結果、フルタイムで働いても、家族を養えるような収入を得ることができない労働者が急増した。特に、年収200万円を割る労働者は、労働者全体の4分の1程度を占めることとなっている。このようなワーキングプアの問題は、今日の日本に置いて極めて深刻な社会問題となっている。
    そして、前述のように、このようなワーキングプアの問題が、税金によって運営されている公契約の職場でも多数発生しているのである。このことは倫理的にも許されないことであるし、官がワーキングプアを作るということは、そのことが民にも波及し、社会全体でワーキングプアを拡大再生産することにつながっている。
  5. ILOは1949年に「公契約における労働条項に関する条約」(94号条約)を採択し、これまでに59カ国が批准している。日本は、批准していないが、この94号条約では、公契約の発注者たる国や地方自治体に対し、賃金だけでなく様々な労働条項を保証し受託事業者やその下請事業者に対して守らせることを求めており、公契約条例は、94号条約の札幌市版といえるものである。地方自治法1条の2は、住民の福祉の増進を図ることを地方自治体の責務と規定し、公共サービス基本法11条は、「国及び地方公共団体は、安全かつ良質な公共サービスが適正かつ確実に実施されるようにするため、公共サービスの実施に従事する者の適正な労働条件の確保その他の労働環境の整備に関し必要な施策を講ずるように努めるものとする」と規定しているが、公契約条例は、まさに地方自治体の責務を果たす制度である。
  6. 前述の負のスパイラルに1つのくさびを打つのが公契約条例である。公契約条例を制定し、労務単価に一定の縛りをかけることにより、際限のない低価格競争に間接的に歯止めをかけることになる。そのことは、そこに働く労働者の賃金を守るだけでなく、際限のない低価格競争で疲弊し、事業の継続の断念に直面しかねない事業者も守ることになる。
    また、現在、札幌市では、「札幌市公契約条例」の制定と併せて、最低制限価格の引き上げをはじめとした入札制度の見直しが進められている。札幌市は、市議会の答弁でも現在86%程度の建設工事の最低制限価格を90%程度に引き上げることを表明している。最低制限価格を引き上げる以上、その恩恵が労働者に及ぼすことを確保するためにも、公契約条例は不可欠なものである。指名競争入札が一般的だった時代に、入札価格が予定価格の95%以上にならび、談合の疑惑が指摘されていたことを踏まえるならば、最低制限価格の引き上げも公契約条例の制定と併せてなされてこそ、入札の公正を害さないものとなるのである。
    また、「札幌市公契約条例」を含め、公契約条例の対象となる主な業界は、建設、ビルメンテナンス、警備等であるが、全国的には、それらの業界団体の中には、一般競争入札の改善を提言する中で、その事業で障害者や高齢者を雇用していることを公共性として入札において価格以外の点から積極的に評価することを提言している団体もある。この公共性の1つとして、労働者の賃金規制を入れることも全く問題が無く、むしろ多様な公共性の評価につながるものである。過度の自由競争で疲弊した業界の中では、むしろ公契約条例のように、価格以外の観点から公契約を規制することが新しい流れとして生まれてきている。
  7. 日弁連は、2006年の釧路での人権擁護大会以後、本格的に貧困問題に取り組むようになり、2008年の第51回人権擁護大会では、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」を満場一致で採択し、非正規雇用の増大に歯止めをかけ、ワーキングプアを無くすための活動をおこなってきた。当会も、貧困と人権に関する対策本部を設置し、貧困問題に取り組んできた。貧困問題を解消するためには、前述の負のスパイラルを変えることが極めて重要であり、その1つの方法が官製ワーキングプアの解消に行政が積極的に動くことであり、そのための施策として公契約条例は極めて重要である。
    公契約条例は、これまで野田市、川崎市、相模原市、多摩市で制定されている。これらの市議会では、全会一致もしくは圧倒的多数で公契約条例が議決されている。このことは、公契約条例が、労働者の保護だけでなく、地域の事業者の保護育成にもつながることが広く確認されているからに他ならない。
  8. 当会として、札幌市及び札幌市議会に対し、「札幌市公契約条例」の制定を強く求めるものである。
    併せて、北海道及び全国の各自治体に対し、札幌市に続き、公契約条例の制定を求めるものである。

以 上

2012(平成24)年3月8日
札幌弁護士会 会長  山﨑 博

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