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声明・意見書2012年度

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人権救済申立に対する勧告書

札幌刑務所
所長 狩野 覚 殿

2012年8月24日
札幌弁護士会 会長  長田 正寛
札幌弁護士会人権擁護委員会 委員長   米屋 佳史

勧告書

当会は、申立人A氏(以下、「申立人」という。)からの人権救済申立について、人権擁護委員会(以下、「当委員会」という。)の調査結果に基づき、下記のとおり勧告する。

勧告の趣旨

札幌刑務所が、申立人に対し、その信仰する宗教の教義に反した食事提供を継続的になしたことは、特定の宗教的信条に従って生活する者に対して多大なる肉体的・精神的苦痛を強いるものであり、同人の信教の自由(憲法第20条)を不当に侵害するものである。
よって、申立人に糧食を提供する際に、申立人が希望する場合には、ユダヤ教の教義として飲食が禁止されている食材、例えば、ひれやうろこのない魚介類(貝類、うなぎ、あなご、なまず、さめ、えび、かに、いか、たこ等)、豚肉、馬肉等を含まない献立の糧食を提供するとともに、上記糧食の提供をするにあたっては、申立人が十分なカロリーを摂取できるよう、卵を中心としたメニューなどに偏ることなく、バランスのとれた献立の糧食を提供する旨配慮するよう勧告する。

勧告の理由

第1 当委員会の調査の経過概要

  1. 平成23年11月18日 札幌刑務所にて申立人と面会
  2. 平成24年 3月16日付け札幌刑務所への照会
  3. 平成24年 4月23日付け札幌刑務所からの回答
  4. 平成24年 5月18日 札幌刑務所にて申立人と面会
  5. 平成24年 6月11日付け札幌刑務所への照会
  6. 平成24年 7月 3日付け札幌刑務所からの回答

第2 申立人の主張の概要

申立人は、イスラエル国籍を有するイスラエル人であって、ユダヤ教徒であるところ、同人は、平成23年3月15日に札幌刑務所に収監された直後、自身の信仰するユダヤ教の教義として食することができないと定められている食材を札幌刑務所の調理人に申し出たところ、同調理人は、「肉類は出さないようにする。エビやイカは食べなきゃ駄目だ。もし食べられないなら捨てなさい。」と言い、以降の札幌刑務所の申立人に対する糧食提供は、上記回答どおりの内容であった(たとえば、エビやイカなどを具材に含んだ糧食提供がなされるため、申立人は、それらの具材を含んだメニューには一切口をつけていない。)。
そのため、札幌刑務所に収監された当初は73キロほどあった申立人の体重が当委員会の委員による聴取時(平成24年5月18日)には66キロまで減少した。

第3 申立人の主張に対する札幌刑務所の認識及び対応の概要

  1. 札幌刑務所は、ユダヤ教徒がその聖書に基づき、主に、ひずめが割れておらず、反芻しない動物(豚、らくだ、うさぎ、たぬき等)、ひれとうろこのない魚介類(うなぎ、なまず、さめ、えび、かに、いか、たこ、貝類)が禁忌食品とされ、食べられる食品についても一定の儀式により屠殺し、十分に血抜きしたものでなければ食べられないこと等を承知している(平成24年4月23日付け札幌刑務所からの回答)。
  2. 平成23年3月16日、申立人が、自己に支給される糧食について、生きていたものすべてが食べられないと札幌刑務所に申し出たことから、同所は申立人の糧食について検討し、宗教上の理由によるメニューの変更について、申立人の願意に基づきできる限り行うが、禁止具材が多くなると、メニューの主体となる具材の変更には対応できても、他の細かく刻んで入れる具材までを変更することは、2,000名以上の調理を行っている現状では難しいことから、申立人に対しその旨回答したところ、申立人は、肉類のみをすべて禁止にしてほしい旨願い出た(平成24年4月23日付け札幌刑務所からの回答)。
  3. 上記2以降、札幌刑務所は、申立人の糧食について、肉類のメニュー時にその代替食を支給することとし、1日当たり2,550キロカロリーの摂取を目標に糧食を支給している(平成24年4月23日付け札幌刑務所からの回答)。
  4. 平成23年7月11日、イスラエル大使館から札幌刑務所あてに、「イスラエル人:受刑者 A―ユダヤ教 宗教行為について」と題する書面の送付があり、その書面には、申立人の食事について、肉類はもとよりうろこのない魚介類を含まない形での提供依頼があったことから、札幌刑務所は、同月21日、イスラエル大使館に対し、宗教上の理由によるメニューの変更については、申立人の願い出に基づき対応可能な範囲で行っているが、禁止具材の種類が多くなると、メニューの主体となる具材の変更には対応できても、他の細かく刻んで入れる具材までを変更することは、2,000名以上の調理を行っている現状では極めて困難であり対応できない旨を回答した(平成24年4月23日付け札幌刑務所からの回答)。

第4 当委員会の判断

  1. 肉類以外の禁忌食材を提供していることについて
    申立人の主張と札幌刑務所の回答とは、札幌刑務所が申立人に対し、肉類を提供しない(他方、それ以外の禁忌食材を提供している)こととなった経緯につき、明らかな相違がある。
    この点、札幌刑務所は、上記経緯を辿った理由につき、「申立人が、平成23年3月16日に肉類のみをすべて禁止にしてほしい旨を願い出て以降、自己に支給される糧食について、うろこのない魚介類を含まない糧食の提供等の願い出を一切していないこと、及び、申立人は、当所が提供した禁忌食材を含む糧食を食していること」を挙げる(平成24年 7月3日付け札幌刑務所からの回答)。しかし、上述(→第3・4)したとおり、申立人の札幌刑務所に対する糧食内容の変更の願い出の後、イスラエル大使館から札幌刑務所あてに、申立人に対する糧食提供に関する願い出があったこと、そして、その願い出の内容が、「肉類を提供しないこと」ではなく、「肉類はもとよりうろこのない魚介類を含まない形での提供」であったことは、札幌刑務所も認めるところである。
    したがって、少なくとも札幌刑務所がイスラエル大使館から上記書面を受け取った時点で、同所は、申立人の糧食提供に関する願い出が「肉類を提供しないだけ」にとどまらないことを認識した、あるいは、認識し得たというべきである。
    以下、札幌刑務所が、申立人の信仰する宗教の教義上食することを禁ずる食材を、それと知り、又はそれと知り得ながら同人に提供することが人権侵害に当たる否かにつき検討する。
  2. 人権侵害に当たるか否かの判断基準
    信教の自由は、憲法第20条及び市民的及び政治的権利に関する国際規約第18条で保障された、個人の人格的核心に密接に関連する精神的自由権として極めて重要な権利であることから、刑事施設の被収容者においても最大限保障されなければならない(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第67条及び第68条は、被収容者の信教の自由を実質的に保障するために設けられた条文である。)。
    したがって、被収容者の信仰する宗教の教義上食することを禁ずる食材を、刑務所がそれと知り、又はそれと知り得ながら同人に提供することは、施設の管理運営上、真にやむを得ない程度に代替方法を尽くさない限り、許されないというべきである。
  3. 札幌刑務所は真に代替方法を尽くしていると言えるか (1) 札幌刑務所の申立人に対する実際の糧食提供を、札幌刑務所が理解しているところのユダヤ教の教義に従った糧食提供に変更することの可否につき、平成24年7月3日付け札幌刑務所の回答によれば、同所は、「申立人に提供する糧食について、ユダヤ教の戒律による禁忌食材のうち、メニューの主体となる具材を変更すること、例えば、中華丼のメニュー時にシーフードを抜き、その他の食材を増量して提供すること等は可能であるが、細かく刻んで入れる具材、例えば、いか塩辛、たこわさび、あさり佃煮等のメニュー時に禁忌食材を変更することは極めて困難であるため、これらのメニュー時には代替食を提供することを検討するところ、当所は炊場において、約2,000名分もの糧食をわずか30名ほどで調理している現状にあり、禁忌食材を含むメニューすべてについて代替食を提供することは、当所の管理運営上困難である」「申立人の代替食を検討するに、肉類、えび、いか、帆立等の蛋白源となる食材のほとんどを食さないとなると、当所の食品管理の実情から、卵を中心としたメニューを代替食として提供することとなるが、貴重な蛋白源を卵のみから摂取した場合、必要な栄養分の確保に支障を来すおそれがあることから、メニューの主体となる具材の変更には対応できても、他の細かく刻んで入れる具材の変更には対応できかね」る、とのことである。
    札幌刑務所は、「約2,000名分もの糧食をわずか30名ほどで調理している」ことを理由に、「禁忌食材を含むメニューすべてについて代替食を提供すること」が困難であると述べる。そして、その例として挙げるのが、「いか塩辛、たこわさび、あさり佃煮」といったメニューである。しかし、これらは、いずれも主食ではなく、「つけあわせ」程度であって、そもそも代替食を提供せずともよいメニューである(いか塩辛、たこわさび、あさり佃煮を提供しないだけで足りるし、これらを提供しないことによって、成人男性が一日に摂取すべきカロリー量に重大な影響を与えるわけでもない。)。
    そして、札幌刑務所は、「申立人に提供する糧食について、ユダヤ教の戒律による禁忌食材のうち、メニューの主体となる具材を変更すること、・・・は可能である」と述べ、実際、申立人の糧食について、肉類のメニュー時にその代替食を支給しているのであるから、ひれとうろこのない魚介類を提供しないで、その代替食を提供することも十分可能であると言える。
    (2) なお、札幌刑務所は、「肉類、えび、いか、帆立等の蛋白源となる食材のほとんどを食さないとなると、当所の食品管理の実情から、卵を中心としたメニューを代替食として提供することとなる」と述べるが、この点、必ずしも「卵を中心としたメニュー」にしなくとも、例えば、鮭や鯖などといった「ひれ及びうろこのある魚」を代替食として提供することは十分可能である。札幌刑務所が述べるところの「食品管理の実情」なるものを(想定しうる程度に)最大限考慮したとしても、このことが、施設の管理運営上、真にやむを得ない程度に代替方法を尽くした、と言える程度の実情に当たるとは到底言い難い。
  4. 申立人に対する人権侵害の内容
    札幌刑務所は、イスラエル大使館から、「イスラエル人:受刑者 A―ユダヤ教 宗教行為について」と題する書面を受け取った時点で、申立人の糧食提供に関する願い出が「肉類を提供しないだけ」にとどまらないことを認識した、あるいは、認識し得たというべきであり、にもかかわらず、それ以降も、エビやイカなどの禁忌食材を含んだ糧食提供を申立人に対して行った。
    申立人に対し、その信仰する宗教の教義に反した食事提供が継続してなされたことは、特定の宗教的信条に従って生活する者に対して多大なる肉体的・精神的苦痛を強いるものであり、不当に人権を侵害するものと言える。
  5. 結論
    以上より、申立人に糧食を提供する際に、申立人が希望する場合には、ユダヤ教の教義として飲食が禁止されている食材、例えば、ひれやうろこのない魚介類(貝類、うなぎ、あなご、なまず、さめ、えび、かに、いか、たこ等)、豚肉、馬肉等を含まない献立の糧食を提供するとともに、そのような糧食の提供をするにあたっては、申立人が十分なカロリーを摂取できるよう、卵を中心としたメニューなどに偏ることなく、バランスのとれた献立の糧食を提供する旨配慮するよう勧告することにしたものである。

以上

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