現在の位置: ホーム > 札幌弁護士会とは > 声明・意見書(2012年度) > 2012/02/26

声明・意見書2012年度

前の声明へ 一覧へ戻る

人権救済申立に対する勧告書

札幌刑務所
所長 狩野 覚 殿

2013年2月25日
札幌弁護士会 会長  長田 正寛
札幌弁護士会人権擁護委員会 委員長  米屋 佳史

勧告書

当会は、申立人A氏(以下「申立人」という。)からの人権救済申立について、人権擁護委員会(以下「当委員会」という。)の調査結果に基づき、下記のとおり勧告する。

勧告の趣旨

札幌刑務所が、申立人に対し、同人を全裸にさせた上で身体検査を実施したこと、さらに、同身体検査を実施した際、その様子をビデオ撮影したことは、いずれも同人の羞恥心や名誉感情を害する行為である。
よって、今後、被収容者に対し、全裸にさせた上で身体検査を実施するにあたっては、その必要性の存否を慎重に検討するとともに、被収容者を被写体とする撮影を行うにあたっては、その必要性の存否及び撮影箇所・撮影方法を慎重に検討するよう勧告する。

勧告の理由

第1 申立人の主張

  1. 2011年(平成23年)2月10日午前8時半頃、当時申立人が収容されていた札幌刑務所内の単独室に看守長が訪れ、申立人に対し、「部屋を出なさい。君に告知したいことがある。」と告げた。そして、申立人が調査室に連れて行かれたところ、看守長は調査室内にいた看守部長に対し、「撮影しなさい。」と言って、看守長と申立人とのやりとりをビデオ撮影するよう命じた。なお、調査室内には、申立人のほかに、看守長を含めて6~7人ほどの刑務所職員がいた。
  2. その後、看守長は、申立人に対し、申立人が苦情を申し出ていた保護室収容の件についての結果を告知した後、突然、「服を脱いで、この服に着替えなさい。」と命じた。なお、申立人は、2011年(平成23年)2月13日に出所予定であったところ、出所直前の被収容者には、今まで着用していた服とは別の服が用意され、その服については各被収容者の判断で、着替えてもよいし、あるいは着替えないで従前の服を着用しても良い扱いとなっていた。
  3. 申立人としては、複数の刑務所職員の前で、しかもビデオ撮影されている状態で、理由もわからずに全裸にならなければならないことに抵抗を感じたため、看守長に対し、「どうして私だけこのようなことをしければならないのですか?」と質問したが、看守長は、「いいから脱ぎなさい。」と言うだけであった。申立人は、出所直前に看守長の命令に反して無用な懲罰を受けるのを怖れ、言われるままに着用している服を、下着も含めてすべて脱ぎ、別の服に着替えた。
  4. ビデオ撮影者である看守部長は、調査室内の入り口付近、申立人から2~3メートルほど離れた場所から看守長と申立人とのやりとりを撮影していた。

第2 当委員会の調査の経過概要

  1. 2011年(平成23年)6月2日 札幌弁護士会館にて申立人と面会
  2. 2011年(平成23年)10月18日付け札幌刑務所への照会
  3. 2011年(平成23年)12月13日付け札幌刑務所からの回答
  4. 2012年(平成24年) 3月16日付け札幌刑務所への照会
  5. 2012年(平成24年) 4月16日付け札幌刑務所からの回答

第3 札幌刑務所からの回答

  1. 2011年(平成23年)1月15日、申立人に他の被収容者宛ての来信を誤って交付した経緯があったところ、その後、申立人から信書1通の発信申請があり、同信書を検査した際、前記誤交付により知り得た個人情報(氏名及び生年月日)の記載があったため、申立人が前記誤交付を基に知り得た個人情報を申立人の所持品のいずれかに意図的に記録し、他人へ伝達しようとしている可能性が顕著に認められたため、同所では、申立人以外の被収容者の個人情報が流出することを防止する必要があった。
    そこで、同所は、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第75条第1項に基づき、同年1月19日、同月24日に申立人の所持品を検査し、また、同年2月10日、身体検査を実施するため、申立人が着用している衣類をすべて脱衣させた。
  2. 申立人は、札幌刑務所に収容されていた当時、職員の生活指導等に対し、反抗的な態度を示し指導に応じないことが多々あった。そこで、同所は、申立人の動静を踏まえ、上記身体検査を実施する際に申立人が職員に対して他害行為に及ぶ可能性があり、その場合、職員が申立人を制止等することが予想されたため、また、申立人は、事実がないことをその事実があったかのように苦情として述べてくることがあったため、後日、職員が、あらぬ疑いを掛けられることがないよう、その状況をビデオ撮影した。
    なお、撮影時間は、同日午前8時26分から同時46分までの間、撮影内容は、申立人が職員を侮辱する言動をなした様子及び申立人の言動を職員が制止する様子並びに申立人の身体検査の状況(概ね上半身のみ)である。また、当該ビデオテープについては、申立人が同所職員を侮辱する言動をなした様子及び当該行為に対する職員の制止の様子が保存されていることから、必要と認められる限り、一定期間同所において保管することとしている。

第4 当委員会の判断

  1. 身体検査について (1) 申立人の主張及び札幌刑務所からの回答によれば、2011年(平成23年)2月10日に、札幌刑務所が、申立人に対する身体検査に際して、同人の着用していた衣類をすべて脱衣させた(すなわち、全裸にさせた)ことにつき争いはない。 (2) 本件においては、申立人に対する全裸の身体検査が、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下、「法」という。)第75条が規定する検査として許容されるかが問題となる。
    この点、同条に基づく検査は、「刑事施設の規律及び秩序を維持するため必要がある場合」に行うことができるところ、規律及び秩序を害する行為が行われる可能性の程度については、被収容者の属性、その時々における被収容者の状況といった個別具体的な事情に照らして判断すべきであり、特に、被収容者を全裸にして身体検査を行う場合には、刑事施設の規律及び秩序を維持するため、当該検査を実施する必要性が相当程度に認められることが必要である(『逐条解説刑事収容施設法(有斐閣)』323頁)。
    (3) これを本件についてみるに、札幌刑務所の回答によれば、札幌刑務所が申立人に他の被収容者宛ての来信を誤って交付したことに基づき、申立人が他の被収容者の個人情報を、同人の所持品のいずれかに意図的に記録している可能性が認められたことから、その記録がなされた所持品を探索するために身体検査を実施したとのことである。しかしながら、申立人が発信しようとした信書に記載された被収容者の個人情報は、氏名と生年月日であって、これらのごときは、通常、メモ等に記録せずとも記憶にとどめることが十分可能なものであることからすると、申立人から発信された信書にこれらの記載があることをもって、同人が意図的にその所持品のいずれかに当該個人情報を記録したなどと判断するのは早計であったと言わざるを得ない。     
    また、そもそも、他の被収容者の氏名・生年月日等の個人情報が記載されたメモ等を申立人が所持していたからといって、それにより、刑事施設の規律及び秩序が害されるおそれが高まるとは言えない。
    (4) したがって、本件において、申立人を全裸にさせた上で身体検査を実施する必要性はなかったのであり、当該身体検査が同人の羞恥心や名誉感情を害する行為であることは明らかである。
  2. ビデオ撮影について (1) 次に、札幌刑務所が、申立人の身体検査の状況等をビデオで撮影した行為(以下、「本件撮影」という。)が人権侵害に当たるか否かについて検討する。
        この点、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう、姿態を撮影されない自由を有するところ(最高裁昭和44年12月24日大法廷判決刑集23巻12号1625頁)、刑務所における被収容者であっても、かかる自由は当然に有しているのであって、ただ一定の場合にその制限が許されるに過ぎない。
    そして、被収容者を刑務所に収容する目的は、被収容者に対し懲役刑を執行するためであるところ、その施設の規律及び秩序を適正に維持するために執られる措置は、被収容者の収容を確保し、並びにその処遇のための適切な環境及びその安全かつ平穏な共同生活を維持するため必要な限度を超えるものであってはならない(法第73条第1項・第2項)。
    (2) 特に、単なる容ぼう・姿態の撮影にとどまらず、すべての衣類を脱衣していく状況をビデオ撮影するという方法は、被写体の羞恥心や名誉感情を害する程度が大きいことから、そのような撮影方法が是認されるためには、その必要性が相当程度高度に認められることを要するというべきである。 (3) これを本件についてみるに、札幌刑務所の回答によれば、申立人は札幌刑務所に収容されていた当時、同所職員の生活指導等に対し、反抗的な態度を示し指導に応じないことが多々あったため、上記身体検査を実施する際に申立人が職員に対して他害行為に及ぶ可能性があり、その場合、職員が申立人を制止等することが予想されたこと、さらに、申立人は、日頃から事実にないことをあたかもあったかのように苦情として述べてくることがあったため、後日、職員が、あらぬ疑いを掛けられることがないようにするため身体検査の状況等をビデオ撮影(概ね上半身のみ)した、とのことである。 (4) この点、上記札幌刑務所からの回答内容(申立人が札幌刑務所に収容されていた当時の同人の同所職員に対する態度等)が真実であるか否かは不明であるが、かりに真実であったとしても、同所職員が申立人からあらぬ疑いを掛けられることを防止したいのであれば、複数の職員がその身体検査に立ち会った上、その様子(申立人が札幌刑務所職員を侮辱する言動をなした様子及び申立人の言動を同職員が制止する様子並びに申立人の身体検査の状況)を書面に記録すれば足りる。
    札幌刑務所の回答から、同所としては申立人のこれまでの行状からビデオ撮影の必要性を認めたため本件撮影に及んだものと思われるが、当該撮影が被写体の羞恥心や名誉感情を害する程度が大きいことに鑑みれば、証拠を保全するために本件撮影をしなければならない高度の必要性までは到底認められない(「苦情」として「あらぬ疑いを掛けられる」ことを防止するためという程度では、本件撮影の高度の必要性は認められない。)。
    (5) したがって、本件撮影は、それを許容するだけの必要性がない行為であって、申立人の羞恥心や名誉感情を害すること明らかである。
  3. 結論
    以上より、今後、被収容者に対し、全裸にさせた上で身体検査を実施するにあたっては、その必要性の存否を慎重に検討するとともに、被収容者を被写体とする撮影を行うにあたっては、その必要性の存否及び撮影箇所・撮影方法を慎重に検討するよう勧告したものである。

以上

前の声明へ 一覧へ戻る

このページのトップへ