2013/09/12

「法教育シンポジウムin札幌」開催の報告(その1)

法教育委員会

平成25年8月25日、北海道経済センターにおいて、標記シンポジウムが開催されました。 「法教育シンポジウム」とは、法テラスが、法教育の更なる普及を図るため一昨年度から開催しているものであり、今年度は、札幌市において初めて開催されました。当会も主催団体の1つであり、法教育委員会でもプロジェクトチームを立ち上げて臨みましたので、報告いたします(3回にわけてご紹介します)。

基調講演「法的な見方・考え方の教育-立憲主義の学習を素材に」 講師:土井真一氏(京都大学大学院法学研究科教授)

法教育の基本的な考え方 まず、法教育とは、法の基礎にある価値を理解し、法的なものの見方・考え方の基本を身につけるための教育である、という土井教授のお考えを説明いただきました。

このような法教育の捉え方に対しては、もっと細かな法的な知識を学ばせるべきであるとの意見もあるそうですが、法的な物の見方・考え方と結びつけることなしに法的な知識を詰め込んでも身につかないし、法的な知識を相互に関連付け、系統付けないと活用できない、ということでした。

そして、土井教授は、法的な知識を樹木に例え、法とは、多様な人々が互いに協力をしながら自分らしく生きていく上で生じる問題に対処していくためのルールであり、それが根にあたること、その法の基礎にあるものの見方・考え方が幹にあたること、そして詳細な法の知識は枝葉にあたることを説明し、生徒たちには、法教育を通し、幹の部分をしっかり学んで欲しいと伝えたい、と語りました。

法教育と憲法教育 法教育と憲法教育を切り離すことはできませんが、公民の定期試験では、憲法の条文が穴埋め問題となって出題されるなど、丸暗記させる教育が行われているのが現状であり、改善の必要がある、ということでした。

憲法の基本概念を生徒たちにどのように学ばせるかは難しい問題で、憲法は「国家の基本法」などと定義されますが、憲法は人間の行為が作り出したものなのですから、なぜ憲法を制定したのか、なぜ人は憲法を必要とするのかを問わなければならない。そもそもなぜ人は国家という共同体を形成するのか、国家を構成する私たちがどのような存在なのか、何を求めるのかをまず考え、そのために国家はどうあるべきかを考えるのが憲法教育の一番肝要なところであると示唆されました。

立憲主義の学習 なぜ、私たちは国家をつくるのか、という問いに対しては、皆で協力することによってより大きな利益を生み出し、より大きな幸福を生み出せるはずだという考え方がありえますが、実際には、協働関係の中では個人相互間の利害関係生じます。この場合どのような解決が正しいのかを考えることが正義を考えるということであり、正義の実現が国家の役割であるとのことでした。

「最大多数の最大幸福」を目指す功利主義を貫けば、全体の幸福を実現するために少数に生じる犠牲を許容してしまう。少数の個人は多数が幸せになるための単なる踏み台になってしまう。多数決ではこの帰結を避けることができないため、少数の個人をも尊重しようとすると、正義の実現方法としての民主主義には限界がある。そこで、皆が幸福になるために共同するには、公正な条件を定めなければならない。その公正な条件を定めているのが憲法であり、公正な条件の中で守られているのか、基本的人権である。そして、この原理を学ぶことこそが、立憲主義を学ぶということである、というお考えを示されました。

法教育の普及のために 教員は生徒に対し、「わからないことがあれば質問するように。」とよく言いますが、「問う」というのは難しいことで、小林秀雄氏も、質問というのは難しいことで、本当にうまく質問するということはもう答えは要らないということだと言っている、ということが紹介されました。

そして、まずは一単元でもいいから法教育を導入して欲しい、そうしているうちに、生徒たちは、質問できるようになるはずであるとのお考えをお話になりました。

客観的な答えを見つけるのではなく、自分なりに考えながら生涯問い続けなければならない問いがある。誰かに答えを与えられるのではなく、問いを内在化させ自己に問い続けることが大事で、そのために、法律実務家と学校の先生のコラボレーションも大事になってくる、というお話で、講演は締めくくられました。

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