執筆:大谷和広法律事務所
大谷 和広 弁護士
Bさんは40代の会社員、温厚な人柄には社内でも定評があります。
ある休日の朝、自家用車でドライブに出かけた時のことでした。交差点に差しかかり、赤信号で停車したところ、「ガツン」というすごい音。後ろから来た車両に追突されてしまったのです。加害者は人のよさそうな初老の男性で、「道路が凍っていて止まれなかった」と何度も頭を下げました。幸いBさんにもケガや痛みはなく、自家用車の修理代を弁償してもらうだけです。
しかし、ここでとんでもないことが分かりました。加害者の任意保険が、契約期間切れで使えないのです。
自動車保険について説明しましょう。交通事故の弁償金は、時には何千万円にもなります。自動車保険に加入すると、運転中に事故を起こした時、被害者への弁償金を、保険会社がすべて支払ってくれます。
自動車保険は、強制保険と任意保険に分かれます。強制保険は、車検を更新するときに必ず加入します(自賠責保険)。任意保険は、自分で保険サービスの内容を選んで契約します。「掛け金が安い」「事故対応満足度1位」などのコマーシャルは、この任意保険のはなしです。
自賠責保険は、体のケガ(人損)に対し、最低限の補償をする制度です。車両の修理代(物損)には、自賠責保険ではなく、任意保険のみが適用されます。従って、物損事故の加害者が任意保険に加入していない場合、支払も、示談交渉も、すべて加害者自身で行います。
保険会社が関わらないと、実は加害者も被害者も、困った立場に置かれます。Bさんの例は、その典型でした。
Bさんは加害者に「修理代はいつ払うのか」と電話をしました。しかし初老の男性は「大金なので、年金生活では払えない」とオロオロ。Bさんは示談交渉が初めて、加害者の立場も思いやる温厚さも裏目に出て、話は進みません。
困ったBさんは、自分の契約している任意保険でできることを調べました。任意保険は自分が加害者になった時の備えで、被害者の場面ではできることが限られます。しかし、幸いにもBさんは、「弁護士費用補償特約」に加入していました。被害者の弁護士費用を保険会社に支払ってもらう制度です。
Bさんは、思い切って弁護士に依頼しました。弁護士は民事訴訟を起こし、時間はかかりましたが、加害者に修理代を支払ってもらいました。弁護士費用補償特約を利用したので、弁護士への着手金や報酬金は自分の保険会社が支払ってくれ、Bさんの負担はありませんでした。
自動車保険の契約は、特約もよく考えて選びましょう、という話でした。