執筆:大谷和広法律事務所
髙田 耕平 弁護士
- とある甲野家の話です。甲野太郎・花子夫婦は、60歳になる太郎の母トミ子と3人で暮らしていました。しかし、ある日突然、太郎は不運にも交通事故で亡くなってしまいました。それからトミ子は、花子に、『あなたは長男の嫁だから一生養ってもらうからね』と言うようになりました。しかし、花子にトミ子を養うだけの収入はありません。花子は、太郎の弟や叔父に相談をしましたが、トミ子と同じことを言って助けてくれません。果たして、花子は、トミ子を扶養し続けなければならないのでしょうか。
- 民法は、直系血族(自己の子、父母、祖父母や孫等)及び兄弟姉妹は、互いに扶養する義務があると定めています。したがって、子の配偶者(婚姻によって発生する親族のため、「姻族」と呼びます)は、原則、義母の扶養義務を負いません。例外として、家庭裁判所が「特別の事情」があると判断した場合には、扶養義務を負わせることができますが、そう簡単には認められません。たとえば、義母が病気で仕事もできず、他に子や兄弟姉妹等がいない、いたとしても健康面や経済面から扶養能力を欠く、などの事情に加え、子の配偶者が、扶養義務を負担させることが相当な程度の経済的対価を得ている、高度の道徳的恩恵を得ている、などの事情が必要になると考えられます。
- 話を花子の扶養義務に戻しましょう。花子は、トミ子の直系血族でも兄弟姉妹でもなく、また、「特別の事情」に該当するような事情もありません。したがって、花子はトミ子の扶養義務を負わない、という結論になります。
また、仮に、「特別の事情」に該当するような事情が存在していたとしても、花子が、太郎の死後に「姻族関係終了届」という書類を役所の戸籍係に提出すると、花子とトミ子の姻族関係は消滅します。こうなると家庭裁判所は花子に扶養義務を負わせることはできません。すでに負わせていた扶養義務も消滅します。 - 『親の面倒は長男や長男の嫁が見るのが当たり前だ』、『親の財産は長男が全部相続するものだ』、などという主張はしばしば見られます。こうした主張は、明治民法下での家督相続制度に由来します。明治民法は、長男が家督相続人となって親の財産を全て相続し、その半面、長男が親の扶養義務を負う、と定めていました。しかし、終戦を経て、日本国憲法が制定され、民法も家督相続制度を廃止し、親の財産を子が平等に相続する権利を認め、親の扶養義務も子が等しく負うことを定めたのです。