執筆:大谷和広法律事務所
大谷 和広 弁護士
Cさんは70代、夫を亡くし、一人暮らしを続けていました。身ぎれいで、話し方もしっかりしています。
Cさんは、会社役員の長男に連れられ、弁護士に相談に行きました。訪問販売員にだまされ、浄水器を40万円で買ってしまったのです。浄水器のパンフレットには、写真(自宅リビングで三世帯家族が水の入ったグラスを笑顔で手にしている)と、「家族で毎日飲むから 幸せを届けたい」という勧誘文句が、掲載されていました。
弁護士は、浄水器を販売した業者に対し、民事訴訟を起こしました。業者側は当日裁判に出席せず、答弁書も提出しません。裁判所は「業者はCさんに40万円を支払え」という判決を言い渡しました。しかし問題はここからです。
業者は、住所地のテナントビルを立ち退きました。賃料が遅れていたようです。これでは差し押さえる財産もみあたらず、お金が回収できません。
困った弁護士は、奥の手を出しました。浄水器の販売業者を、特定商取引法(とくていしょうとりひきほう)違反で、警察に告訴したのです。
特定商取引法とは、訪問販売業者らが、お年寄りなど判断能力の低い方をだまして、商品を高額で売りつけないよう、取り締まる法律です。たとえば「不実告知」(ふじつこくち)とは、業者がことさら嘘を言い、だまして商品を買わせた場合です。だまされた人は、契約を取り消し、払ったお金を返してもらえます(民事の効果)。また、だました業者は、懲役3年以下、罰金300万円以下の刑罰を受けます(刑事の効果)。
Cさんの場合、訪問販売員が水道水に何かの薬を入れて検査をすると、鮮やかな黄色になりました。「この水を飲むと病気になる」と言われ、不安になって、浄水器を買ってしまったそうです。
弁護士はこの話を聞き、「なにが『幸せを届けたい』だ!」と憤りました。手口が卑怯なので、民事だけでは手ぬるいと思い、不実告知罪による告訴(刑事事件化)に踏み切ったのでした。
Cさんの住む地区には、同様の手口で浄水器を買わされた高齢・単身の被害者が、ほかにもいたそうです。警察の捜査は、様々な困難で進みません。しかし数年後、ようやく販売員らと経営者が逮捕されました。
「幸せを届けたい」と高齢者をだました訪問販売業者は、刑事裁判で懲役刑を言い渡されました。刑務所で、幸せの本当の意味をかみしめているはずです。Cさんは、その後、認知機能の低下が指摘され、専門施設で手厚い介護を受けつつ、家族に見守られ、幸せに過ごされているとのことです。
(このコラムは架空の話です。実際の人物や団体とは関係ありません。)