執筆:大谷和広法律事務所(苫小牧市)
大谷 和広 弁護士
「預貯金は遺産分割の対象になるか」という相続手続の重要問題について、近く、最高裁判所の判例が変更される可能性があります。裁判での預貯金の取り扱いに重大な影響があり、判例変更の内容が関心を集めています。
と言われても、なんのことか分かりませんね。近く判例変更のニュースが本紙の社会面を飾るかもしれません。熱心な読者のみなさまが解説記事をきちんと理解できるよう、相続の基本から予習しておきましょう。
人が亡くなると、相続が発生します。故人が持っていた財産は、相続により、法定相続人に引き継がれます。たとえば故人に配偶者Aと子B・Cがいたとき、法律は、Aは2分の1、B・Cは各4分の1と、相続の割合を定めています。しかし故人の不動産・株式・預貯金といった遺産を、それぞれA・B・Cのいずれが引き継ぐか、まだ決まっていません。そこで「自宅はAが相続するが、牧場はBが継ぐ」「株券は売却してお金で分けよう」などと、話し合って調整します。このように、法定相続人全員で遺産の分け方を話し合って決めることを「遺産分割」といいます。遺産分割が終わらないと、遺産は処分できません。
預貯金の話に戻ります。故人の名義の預貯金口座があったとき、これまで、金融機関と裁判所で、正反対の取り扱いをしていました。多くの金融機関は「預貯金の払い戻しにはつねに遺産分割が必要」、裁判所は「少なくとも普通預金は遺産分割が不要」という立場です。このため、遺産の分け方について法定相続人間で争いになっている場合、しばしば困った事態が起きていました。
先ほどの例で、遺産の分け方をAが提案したが、Cが不満を述べたとします。Aが一人で金融機関に行って普通預金の払い戻しを求めることはできるでしょうか。金融機関は「遺産分割が必要」と主張し、A・B・C全員の署名捺印のある合意書がないと払い戻しに応じないことがあります。
そこでAは、家庭裁判所に遺産分割審判を求めます。遺産分割審判では、どの遺産が誰のものになるか、家庭裁判所が指定してくれるからです。しかし、判例によれば、普通預金は「遺産分割が不要」なので、相続人全員が同意しない限り、遺産分割審判の対象にはなりません。従ってCが反対すれば、家庭裁判所は「普通預金はAのものになる」と審判書に指定できなくなります。
このためAは、遺産分割審判後、金融機関を相手として「預金残高の2分の1の払い戻しをせよ」という民事訴訟を提起する必要があります。家事審判だけではなく、民事訴訟もしなければならず、大変な負担です。
今回の判例変更によって、金融機関でも裁判でも通用するスタンダードな実務基準が示されれば、いま述べたような混乱は改善されると思います。
最高裁判所の判決は年内から来年初頭とのこと。報道は要チェックです。
以上