執筆:大谷和広法律事務所
大谷 和広 弁護士
「虐待(ぎゃくたい)」という前時代的な名前のついた法律があります。児童虐待防止法、高齢者虐待防止法、障害者虐待防止法です。今回はこの虐待防止三法について学びましょう。実は、意外にスマートで深い内容なのです。
虐待防止三法の目的は、児童(18歳未満)、高齢者(65歳以上)、障害者(身体障害・知的障害・精神障害などのある人)を保護することです。
児童・高齢者・障害者の共通点は、生活力が弱く、一人では生きていけないこと。つまり家族という保護者が不可欠です。
家族は、保護し、保護される関係です。しかし、根本にある愛情や信頼が崩れると、カッとなって保護者から手が出るといったトラブルになります。家庭という密室の中で起こる出来事を止める人はいません。しかも児童・高齢者・障害者は家族以外の人に自分で「助けて!」とはいえません。こうして、家庭内でのトラブルは、日常化、過激化し、時に大事故となることもあります。
虐待防止三法は、こうした万一の大事故を防ぐことが目的です。そのため、家族の中でのトラブル、つまり保護者による虐待を主な対象としています。
虐待とは、殴る・蹴る(身体的虐待)だけではありません。世話をせずに放置する(不保護)、言葉や態度で深く傷つける(精神的虐待)、わいせつな行為をしたりさせたりする(性的虐待)を含みます。また、年金を受け取っている高齢者や障害者からお金を取り上げることも虐待です(経済的虐待)。
ささいなトラブルで家族をみだりに虐待者と呼び非難している、という意見もあります。ただ、虐待防止三法は、家族を叱責し罰するものではありません。家庭を地域社会と行政で見守り、取り返しのつかない事態が起こる前に、虐待をいわば“芽”の段階で摘み取るのが狙いなのです。
虐待を受けた児童・高齢者・障害者を発見した地域社会の住民は、行政に通報をする責任があります。虐待の疑いや予兆でもかまいません。行政に多くの情報を集約し、予測の精度を上げ、最悪の結果をなくすのが重要だからです。
住民から通報を受けた行政は、人員とノウハウを投入して慎重に調査します。そして、虐待と認定されると、児童・高齢者・障害者をその家庭から分離し、施設等に一時保護します。あくまで生命・身体へのリスクをなくすためです。
家庭・地域社会・行政は、個人をとりまく、とても複雑な社会環境システムです。システム相互の関係をいかに制御できるかは、難問です。虐待防止三法は、家庭内での虐待という深刻なシステムエラーを、他の独立したシステムである行政と地域社会がどう関われば修復できるか、モデルを示しました。
名称はアナクロだけど、内容は先進的で科学的。それが虐待防止三法です。
以上