執筆:大谷和広法律事務所
大谷 和広 弁護士
世界の観客を熱くさせた平昌冬季オリンピックも終わり、次はいよいよ東京オリンピックの開催です。2年後には各国から数多くの選手・関係者・観光客が日本を訪れることでしょう。
いまや日本は、先進諸国でも有数の治安のよい国となりました。約20年前、政府は、国内の犯罪数が増え続けることに危機感を募らせていました。政府が「世界一安全な日本」を標語に、対策に乗り出したのは約15年前です。法務省が毎年発行する「犯罪白書」によれば、その後、わが国の犯罪数は一貫した下降傾向にあり、近年は戦後でもっとも犯罪数が減少したとのこと。東京オリンピックの誘致に成功したのもうなずけます。
ただ、政府と法務省が今もひそかに対策に悩み続けている問題があります。特定の人が繰り返し犯罪に至る「再犯」率は増え続けているのです。
犯罪白書で過去20年間のデータを調べてみましょう。逮捕者のうち「過去に逮捕経験のある者」の割合は、年々増えています。20年前は再犯率が30%以下でしたが、現在は50%に達しそうです。また、いま刑務所にいる受刑者のうち、「以前も刑務所に入った経験のある者」の割合も、15年前からじわじわと増え続けています。現在は60%近くという高水準です。
興味深いのは、高齢受刑者(65歳以上)の割合が急増したことです。20年前は高齢受刑者が全体の約2%でしたが、最近では10%を超えました。受刑者の10人に1人が高齢者で、“刑務所の介護施設化”といわれます。
高齢受刑者の増加は、再犯率と関係します。初犯の時は若かった受刑者も、刑務所から出たり入ったりを繰り返せば、必然的に年をとります。つまり再犯率が上がると、受刑者の年齢の底上げという形でデータに反映されるのです。
再犯を繰り返す受刑者は、日本社会を漂流する“難民”に例えられます。多くは貧しい家庭に育ち、疾病や障害のハンディを抱え、充分な学びの機会が与えられず、職や家族や人間関係にも恵まれません。社会から疎外され、刑務所から出ても帰る場所はなく、漂流のすえ刑務所が終の住みかとなるのです。
政府は、東京オリンピックの成功に向けて再犯率の減少を重要な政策課題に掲げています。「再犯防止等推進法」(平成28年12月施行)はその具体化です。しかし政府の取り組みは成果をあげていません。おそらく社会構造の根本的な弱点に関わる問題で、今後もそう簡単には解決しないと思います。
日本は本当に豊かで住みやすい国となりました。ただ再犯者にとって、この社会は案外と生きにくいのかもしれません。オリンピックの話題で華やぎ、外国人観光客で賑わう東京の様子を見ながら、この日本社会の片隅で生きる“難民”の安住の地がぜひ刑務所以外の場所であってほしい、と感じました。
以上