執筆:奥山 倫行 弁護士
突然ですが「コンプライアンス」を正しく理解できていますか?
今はどこに行っても、何をして暮らしていてもコンプライアンスが要求される時代です。そのため「社会人としてコンプライアンスに違反しないようにしなければならない」と言われますし、社会人として当然の常識とも言われます。
しかし、意外なことにコンプライアンスを正しく理解できている人は多くありません。過去に本を読んだり、研修を受講したりして勉強したことはあっても、その考え方が、今の時代のコンプライアンスの捉え方とずれていることは多々あります。もし、コンプライアンスを正しく理解できていなければ、知らない内にコンプライアンス違反を犯してしまったり、又はコンプライアンス違反を犯した場合に正しく対処できなかったりします。そのような意味では、コンプライアンスを正しく理解することは、社会人にとって読み書き算盤と同じくらい大切なことです。
コンプライアンスについてよくある誤解は「コンプライアンス=法令遵守」と狭く捉えてしまうことです。コンプライアンスという概念が欧米から日本に入ってきたのは、1990年頃と言われていて、その際に「コンプライアンス=法令遵守」と狭く訳されてしまった結果、不十分な理解が広まってしまいました。「compliance」は「comply=~に従うこと」という動詞の名詞形です。「~」の部分は明確になっていないにも関わらず、日本に言葉が入ってきたときに「我々が従う『~』は『法令』に違いない」と誤訳されてしまったといわれており、「コンプライアンス=法令遵守」という考え方は語源的にも正しくないと言われています。
それではどのような概念として捉える必要があるか?と言いますと、「コンプライアンス=法令遵守」と狭く捉えずに、「コンプライアンス=社会の要請に従うこと」と広く捉える必要があります。
多くの法律は事後的に作られます。何か良くない出来事があると、法律を作って、次は同じようなことが起きないように規制しようという発想で作られます。法律は、人が都合よく作ったルールに過ぎません。ルールを知ったり、守ったり、伝えたりすることは大事なのですが、その根本にある社会の要請、すなわち法律の基礎になる考え方を正しく捉えなければ、いつまでたってもコンプライアンス違反は無くなりません。
それでは「社会の要請」をどう捉えるか?ですが、ポイントは3つ。①自分の良心に従って行動すること、②家族や大切な人の目を見て話せないようなことはしないこと、③新聞やテレビで日々のニュースに沢山接することです。是非、多くの記事を読んで、コンプライアンス意識の涵養に努めていただけると幸いです。
以上