執筆:櫻庭 陽向 弁護士
(以下、日高報知新聞に掲載されたものです。)
法廷に、手錠と腰縄をされた姿で現れる被告人。傍聴人がその姿を見た時、裁判を待たずして「きっとこの人が犯人に違いない」と感じることでしょう。
刑事裁判には「無罪の推定」という大原則があります 。これは、有罪判決が確定するまで、誰もが「無罪の人」として扱われなければならないという、近代司法の根幹をなす憲法上の権利です。しかし、手錠と腰縄で身体を拘束された姿は、傍聴人や裁判官に強烈な先入観を与えかねない、深刻な問題をはらんでいます 。
先日、私は、とある裁判員裁判の弁護人を担当していました。世間的に注目度が高く、傍聴席も満席状態でした。そんな中、裁判が始まる前、被告人が手錠腰縄姿で入廷してきました。先入観を与えないよう、裁判員に手錠腰縄姿を見せることはできません。それでも、傍聴人には見られてしまうのです
印象的だったのは、傍聴席中央前列に座っていた若い男女でした。女性の方が、被告人のことをじっと見つめて、それから男性に耳打ちをしたのです。私には、手錠腰縄姿を珍しがっているように見えました。また、始まる直前に小学生の女の子が傍聴席に座りました。その女の子も、座るや否や、被告人のことをじっと見つめています。手錠腰縄姿が衝撃的だったのだと思います 。
さて、目を世界に転じると、法廷での手錠・腰縄は決して「当たり前」ではありません。EUは、身体拘束によって被告人が有罪であるとの印象を与えることを防ぐよう、加盟国に求めています 。ドイツやアイルランド、韓国など多くの国でも、法廷内での身体拘束は法律で原則として禁止され、逃亡や暴力のおそれがある極めて例外的な場合にしか許されていません 。アイルランドのある法曹は「テロ事件ですら法廷で手錠を見たことがない」とも言っています。
私たちが裁かなければならないのは「犯罪」であり、先入観やイメージではありません 。身体を拘束されたまま入廷させられ、その姿をさらされた上で、本当に公平な判断を下せるでしょうか 。法廷での「見た目」から、公正な裁判のあり方を改めて考える必要があると感じています 。

