執筆:鍛冶 香織 弁護士
(以下、日高報知新聞に掲載されたものです。)
会社の成長や働き方改革に伴い、給与体系を見直す企業は少なくありません。その際、「社員に説明し、同意書にサインをもらえば法的に問題ない」と考えてしまうかもしれません。実は、賃金などの重要な労働条件を変更する場合、形式的な同意だけでは後々トラブルになるケースがあるため注意が必要です。
例えば、昔ながらの複雑な手当を整理して「固定残業代」を導入し、分かりやすい月給制へ移行するとします。経営者としては「毎月の給与を安定させるため」という善意からの見直しであっても、計算上、実質的な「時間単価」が下がってしまう場合は、法的に労働条件の「不利益変更」にあたります。
過去の最高裁判例では、こうした不利益変更に対する社員の同意が有効となるには、「労働者の自由な意思に基づいてされたもの」と客観的に認められる必要があるとしています。会社と社員の間には情報量に差があるため、単にハンコを押したという事実だけでなく、「社員が不利益の内容を正しく理解し、納得した上で同意したか」が極めて厳しく審査されるのです。
経営者としては、「社員に損はさせない」と考えていても、基礎賃金の計算などが法的に間違っていた場合、結果的に誤った情報を基に同意を得たことになり、後から同意が無効(=過去に遡って未払い賃金が発生する等)と判断されるリスクがあります。これを防ぐためには、事前に専門家に給与体系を点検してもらい、もし実質的な時給が下がる場合には、その事実や会社の経営状況、変更の必要性等を説明することが必要です。
働く側も、給与体系が変わる際は手取り額だけでなく実質的な条件面をしっかり確認し、疑問があれば会社に質問して相互理解を深める姿勢が大切です。
労働条件の変更について、手続きに不安を感じる経営者の方や、制度変更に疑問を持つ労働者の方は、一人(一社)で抱え込まず、札幌弁護士会が運営する法律相談センターなどをぜひご活用ください。

