周波数 | 三角山放送局 76.2MHz「トークinクローゼット」内コーナー |
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放送時間 | 毎週火曜日 AM 9:15~ |
札幌弁護士会広報委員会が昨年7月からお送りしている「札幌弁護士会の知恵袋」。
3月の月間テーマは「ADR(札幌弁護士会紛争解決センター)」です。
札幌弁護士会でADRが開設されてから昨年で10年の節目を迎えましたが、ADRって一体何?何の略?と思っている方も多いと思います。
そんな皆様に、5週にわたりADRはどのような制度なのかを分かり易くお伝えしていきます。最後まで聞いていただけたら、あなたはADR「通」になること間違いありません。
今週は、岸田貴志弁護士が事例を紹介しながら、ADRの特徴や利用のメリットについて、分かりやすく説明していきます。身近な問題を例にして、お伝えしますので、ぜひお聞きください。
放送日 | 2016年3月8日 |
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ゲスト | 岸田貴志弁護士 |
今週の放送 キーワード |
ADR、裁判、調停、紛争解決センター、家庭裁判所、財産分与、柔軟な解決、調停人、申立書、早期解決、民事調停、調停前置主義、和解契約書 |
— はい,今週も「札幌弁護士会の知恵袋」の時間がやって参りました。
今回も,「ADR」をテーマに放送します。
ゲストは札幌弁護士会に所属の岸田貴志(きしだたかし)さんです。
岸田:よろしくお願いします。
第1 ADRによって解決できる事案の類型
— 前回は,山本先生から,ADRの仕組みや特徴をお聞きしましたが,今回は具体的にどのような事件が解決しているか,教えていただけますか。
岸田:はい。
ただ,ADRの特色の一つは,裁判と異なり,非公開の調停で,秘密が守られて解決が図られるというものであるため,実際の事件をそのまま紹介することはできません。
今からお話する事例は,実際の事件をヒントにして私が考えた創作の事案です。
— わかりました。
実際に,どのような事件について,調停が申し立てられているのですか?
岸田:札幌弁護士会では,①一般の事件の外,②医療事件を扱う医療ADR,③金融機関と顧客とのトラブルの解決を目指す,金融ADR,④使用者と労働者とのトラブルを解決するための,労働ADRと,事件を4分類しています。
②医療ADR,③金融ADR,④労働ADRについては,来週以降の放送で詳しい説明があると思いますので,今日は,これら以外の①一般のADRについて,紹介します。
— どんな事案ですか?
岸田:ご夫婦の離婚に関連する事件です。
AさんとBさんご夫婦の間には,お子さんがいませんでしたが,お2人は,犬と猫をそれぞれ一匹ずつ飼っていました。
お2人は,とても仲がよいご夫婦だったのですが,Aさんが定年退職して,家にずっといるようになってから,却って家事の分担等で口論するようになり,Aさんは離婚を考えるようになりました。
Aさんとしては,離婚しても,犬も猫も両方自分で飼い続けたいと思っています。
他方で,Bさんは,離婚に応じることはやむを得ないと考えているものの,ペットと離れてしまうのは寂しいと思っています。ただ,今後の経済的なことを考えると,犬と猫を両方自分で飼い続けられるか自信がありません。
そこで,Bさんは,猫を自分で引き取った上で,1か月に1回,Aさん宅を訪問して,犬と一緒の時間を過ごしたいと希望しています。
AさんとBさんは,それぞれの離婚に関する希望を話し合いましたが,猫をどちらが引き取るか,Bさんを犬に会わせるかで,意見が折り合いません。
そこで,Aさんは,札幌弁護士会の紛争解決センターに調停を申し立てることになりました。
第2 ADRによる解決の特色
— なるほど,でも,この事件は「離婚事件」ですよね?
家庭裁判所の「離婚調停」では,解決できないのですか?
岸田:はい,仰るとおり,Aさんは,Bさんとの離婚を考えているので,家庭裁判所に離婚調停を申し立てることはできます。
ただ,もしも,AさんとBさんとの間で,離婚すること自体については,概ね合意に達しているが,ペットの問題についてのみ,問題が残っているような場合,家庭裁判所の調停には適さないかもしれません。
— それは,どうしてですか?
岸田:夫婦間の離婚に関して定めている法律は,民法という法律が中心になりますが,民法上,ペットは,財物というか「財産」として扱われてしまうんです。
もちろん,AさんとBさんとの間に,不動産や預貯金などの分けるべき財産があるのであれば,そのような財産を公平に分けるために,財産分与の取り決めをする必要があります。
そして,その中で,ペットのことについても,話し合うことは不可能ではないと思います。
しかし,もし,AさんとBさんとの間に,不動産や預貯金などの分けるべき財産が特になく,一番の問題がペットの問題であった場合はどうでしょうか?
AさんとBさんは,ペットのことを本当の子どもと同じように,家族として考えているかもしれません。だから,ペットを自分が引き取りたいとか,引き取れなかったとしても,1か月1回会いに行きたいという希望を持っているのだと思います。それなのに,「法律上ペットは財産だから,財産分与の問題として,経済的価値を算出して,清算すればいい。」という解決方法で納得するでしょうか?
— なるほど,そうすると,AさんとBさんの問題は,家庭裁判所の調停では解決できないのですね?
岸田:いいえ,私も同じような事件を家庭裁判所の調停に申し立てたことがないので,「家庭裁判所では解決できない。」とまでは断言できません。
ただ,裁判所の調停は,成立すると「執行力」といって,相手方の財産に強制執行できるという大変強い効力を持っています。そのため,かえって裁判所の調停は,柔軟な解決に適さないということがたまにあるのです。
— それでは,AさんとBさんの事件は,札幌弁護士会の紛争解決センターに調停を申し立てれば,必ず解決するのですか?
岸田:いいえ,必ず解決できるとはいえません。
札幌弁護士会の紛争解決センターも,調停といって,当事者同士が,お互いに譲れるところは譲り合って事件の解決を目指すという点では,裁判所の調停と本質的な特徴は共通しています。
ただ,紛争の当事者であるAさんとBさんのお気持ちをできる限り尊重して,柔軟な解決を目指すことができる制度であるため,ペットの問題を「財産分与」の問題だと硬直的に捉えず,「家族の問題」と捉えて解決することも十分可能なのです。
— 札幌弁護士会の紛争解決センターには,ペット問題の専門家の調停委員がいるのですか?
岸田:いいえ,ペット専門の調停人,紛争解決センターでは経験豊かな弁護士が「調停人」という名称で調停を実施するのですが,ペット問題の専門家という調停人がいるわけではありません。
— それでは,AさんとBさんの問題は解決しないのではないですか?
家庭裁判所に調停を申立てるのと,結論に差はないのではないですか?
岸田:必ず事件が解決する,調停が成立するということを約束できないという点では,そうかもしれません。
ただ,紛争解決センターでは,調停が申し立てられると,その事件を担当する委員が,その事件の解決に相応しいと思う調停人を選任することになっています。
委員だけで誰が調停人に相応しいか判断できない場合は,他の委員の意見を聞いたりして,その事件を任せるのに相応しい調停人を選任することにします。
ですから,Aさんが調停の申立書に,「自分にとって,ペットは家族と同じなので,犬も猫も,どちらかを選ぶことはできない。両方と今後も暮らしたい。」などと書いてあって,ペットの問題を「財産の問題」ではなくて,「家族の問題」と捉えて解決を図るべきだと申立ての段階で分かっていた場合,委員は,そのような思いに寄り添える調停人を選任すると思います。
— 裁判所の調停では,そのような配慮はないのですか?
岸田:裁判所がどのように調停委員を選んでいるかは,分かりません。
全く配慮していないということもないとは思いますが,家庭裁判所は,あくまで親族間の紛争を解決することを重視しているので,法律上,「財産」と扱わなければならないペットの問題にそこまで配慮してくれるかは,分かりません。
第3 ADRによる解決のメリット
— ほかにAさんとBさんの事件を紛争解決センターに申し立てた方がいいというメリットはありますか?
岸田:これは,事実上の問題なんですが,札幌家庭裁判所は,調停事件の件数がとても多く,調停が1回で成立しなかった場合,次回の調停まで期間が1か月以上空いてしまうことが珍しくありません。
しかし,紛争解決センターでは,次回の調停まで資料を取り寄せるのに時間がかかるといった問題がなければ,当事者と調停人,それに弁護士会の調停室の空き状況さえ合えば,短い期間で,調停の期日を入れることができます。
— なるほど,次の調停まで長い日数待たなくていいのは,とてもいいですね。
岸田:はい,どの事件でも早期解決はとても重要です。
紛争解決センターでは,早期解決の実現に努力しています。
— 裁判所の調停には,家庭裁判所での離婚調停をはじめとする家事調停だけではなく,民事調停という制度もあると聞いたことがあるのですが,民事調停と比べても紛争解決センターにはメリットがあるのでしょうか?
岸田:民事調停と札幌弁護士会の紛争解決センターでは,民事調停の方が便利だという意見も多く,紛争解決センターにメリットはないという声もよく聞きます。
ただ,私は,民事調停との関係でも,紛争解決センターの方がうまくいく事案はあると思っています。
— それは,どういう事案でしょうか?
岸田:先ほどのAさんとBさんの事例を少し変えて説明しますね。
AさんとBさんご夫婦の間には,お子さんがいませんでしたが,お2人は,犬と猫をそれぞれ一匹ずつ飼っていました。
お2人は,とても仲がよいご夫婦だったのですが,Aさんが定年退職して,家にずっといるようになってから,却って家事の分担等で口論するようになり,ケンカが頻繁になったため,ある日Bさんは,猫をつれて実家に帰ってしまいました。
Bさんは,本当は猫よりも犬をつれて行きたかったのですが,Bさんのご両親は犬が嫌いだったため,猫を連れて帰ることにしたのです。離婚のことは,実家でゆっくり考えようと思っていました。
ところが,別居して1年くらいして,Bさんはパートタイムの仕事につけるようになったため,思いきってペットが飼える賃貸マンションを借りることにしました。
そのため,Aさんに対して,犬も渡して欲しいとお願いしましたが,Aさんからは,「離婚の問題はどうするんだ?離婚するなら,犬は渡してもいい。」と言われました。
Bさんとしては,離婚の問題については,まだ決心がつかず,ペットの問題だけを先に解決したいという希望を持っています。
— この場合,Bさんの選択肢は,紛争解決センターしかないのですか?
岸田:いいえ,この事案は選択肢がいくつかあります。
ひとつは,家庭裁判所に,親族間の紛争調停という申立をすることが考えられます。
また,あくまでペットは法律上「財産」と割り切って,財産の引き渡しに関する紛争と考えて,簡易裁判所に民事調停を申し立てることも考えられます。
そして,もちろん紛争解決センターに調停を申し立てることもできます。
— そうすると,家庭裁判所の調停も,民事調停も申し立てられるのだから,紛争解決センターに申し立てるメリットはないのではないですか?
岸田:いいえ,メリットの一つは,家庭裁判所の家事調停と簡易裁判所の民事調停のどちらを申し立てるか,迷わなくていいということ自体がメリットなのです。
— それはどういうことですか?
岸田:Bさんとしては,ペットも家族と同じという考えを持っていると思われるので,Bさんとしては,家族の問題として,家庭裁判所に親族間の紛争調停を申し立てたいと考えるかもしれません。
ただ,Bさんが実現したいのは,犬を引き取って一緒に暮らしたいということであって,離婚はもうしばらく考えたいのです。そうすると,申立ての内容は,「Aさんは,Bさんに対して犬を引き渡せ」ということになり,調停を申し立てられた家庭裁判所としては,「ペットという財産の引き渡しの問題なので,親族間の紛争ではない。」と判断する可能性もあります。
— その場合は,どうすればいいのですか?
岸田:家庭裁判所が調停を受理しないとまでは言いきれませんが,Bさんとしては,「この問題は財産の引き渡しの問題ではなく,親族間の問題である。」ということを少し詳しく申立書に書くとか,工夫が必要になりますね。
— それでは,民事調停に申し立てたらどうなりますか?
岸田:その場合は,ペットを「財産」と考える民法の考え方には適合しますので,民事調停の申し立ては受理されます。
ただ,ペットも家族と同じという考えを持っているBさんにとっては,割り切れない思いが残ると思います。
— 紛争解決センターに申し立てるとどうなるのですか?
岸田:紛争解決センターは,取り扱う事件について,家事事件とか財産に関する事件とか区別していないので,Bさんのこの問題を申し立てる際,迷うことはないのです。
— そうなんですね。ただ,どの調停を申し立てるか,「迷わなくていい。」というだけでは,それほどメリットとは思えませんが…。
岸田:そうかもしれません。
ただ,調停が進むうちに,Bさんの離婚の決意が固まってきて,離婚の問題も解決したいと思うようになった場合,どうでしょうか?
— そういうことってあるのですか?
岸田:珍しくはないと思います。
— Bさんが家事調停を申し立てていたら,離婚の問題なので,家庭裁判所で解決できるんですよね?
岸田:はい,そのとおりです。
ただ,先ほど説明したとおり,今回の事案は,申し立て段階でBさんは,離婚問題の解決を希望していなかったため,家庭裁判所で受理されない可能性があったり,受理されるために,詳しい説明が必要でしたね。
— Bさんが,割り切って,「財産の問題」と考えて,民事調停を申し立てていた場合はどうなりますか?
岸田:民事調停は,離婚問題を対象としていないため,民事調停手続きの中で,AさんとBさんの離婚を解決することはできないと思います。
— 紛争解決センターの調停を申し立てていたらどうなるのですか?
岸田:まさに,ここが扱う事件を区別していない紛争解決センター利用のメリットだと思います。
財産の問題,家事の問題と扱う事件を区別していませんから,犬の問題を「家族の問題」と捉えて調停を申し立てられるだけではなく,離婚について決心したBさんが,離婚の問題についても,一緒に解決できる可能性があるのです。
— なるほど。そうすると,紛争解決センターは,万能なんですね?
岸田:いいえ,そんなことはありません。
今回は,離婚に関する事例をとりあげましたが,離婚には,当事者の合意のみで成立する協議離婚があります。
しかし中には,なかなか合意に至らないというケースもあります。
その場合,すぐに訴訟,いわゆる裁判を起こせるかというと,そうではなく,日本の場合,離婚については,調停を申し立てなければならないことになっています。
このことを「調停前置主義」というのですが,札幌弁護士会の調停は,この「調停前置主義」の調停には含まれていません。
そのため,札幌弁護士会の紛争解決センターに調停を申し立てて離婚の話し合いをしたにも関わらず,話し合いがまとまらない場合,改めて家庭裁判所に離婚調停を申し立てなければ,離婚訴訟を起こすことができないのです。
このように,札幌弁護士会の調停には,弱点があることも事実なのです。
— そうすると,札幌弁護士会の調停は,離婚事件に向かないということなんですか?
岸田:そうとも言い切れなくて,札幌弁護士会の調停で離婚事件が解決した案件は,複数あるのです。
個別の事情は,事件によって様々ですし,裁判所の調停も含めて,ADRにも様々な特徴があります。
ですから,事件の性質や内容,各ADRの特徴などの関係で,手続きを選択することが重要です。
そして,その選択肢の一つとして,札幌弁護士会の調停は有用だと私は思っています。
第4 ADRによる解決とその後
— 最初の事案は,AさんとBさんが合意に達して解決した場合,その後はどのようなことになるのですか?
岸田:当事者双方の合意内容を,調停人が「和解契約書」という書面にまとめます。
最初の事案では,①AさんとBさんの離婚に関する定めや,②猫をどちらがひきとるかの定め,③Bさんが犬に会うためにAさん宅を訪問していいか,その場合の頻度や滞在時間などについて,「和解契約書」で定めることになると思います。
— 2番目の事案はどうですか?
岸田:Bさんが離婚の問題はまだ考えたくて,犬の問題だけ解決したいという希望があり,AさんがBさんの希望を受け入れてくれた場合,犬をBさんが引き取ること可否やその時期などについて,「和解契約書」で定めることになります。
— Bさんが途中から離婚の問題も解決したくなって,Aさんも離婚に応じるのであれば,離婚の関することも,「和解契約書」で定めることになるのですね。
岸田:はい,そのとおりです。
— 紛争の解決というと,「裁判をしないと解決できない。」と思っていましたが,「調停」という話し合いが前提となる解決方法があり,しかも,裁判所とは違うところ,「弁護士会」で調停ができるということを初めて知った方も多いのではないのでしょうか。
さて,本日の札幌弁護士会の知恵袋は以上になります。
札幌弁護士会の知恵袋は,札幌弁護士会のホームページで過去の放送分をテキストで見ることができます。また,音声でも聞くことができます。今日の放送で聞き漏らした部分があるという方はぜひチェックしてください。
進行は田島美穂(タシマ ミホ)でした。
制作・著作
<プロデューサー>
弁護士福田直之、弁護士北山祐記(札幌弁護士会)
杉澤洋輝(三角山放送局)
<脚本>
弁護士岸田貴志(札幌弁護士会)
<出演>
番組MC 田島美穂(三角山放送局)
ゲスト 弁護士岸田貴志(札幌弁護士会)
<監修>
弁護士上田絵里、弁護士山田敬純、弁護士佐藤敬治(札幌弁護士会)
<初回オンエア>
平成28年3月8日