周波数 | 三角山放送局 76.2MHz「トークinクローゼット」内コーナー |
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放送時間 | 毎週火曜日 AM 9:15~ |
札幌弁護士会広報委員会が昨年7月からお送りしている「札幌弁護士会の知恵袋」。
8月の月間テーマは「高齢者・障害者のために弁護士ができること」です。
札幌弁護士会「高齢者・障害者支援委員会」の精鋭5名が5週にわたり支援活動を説明していきます。
そして、8月の4週目は、 三角山放送局のお膝元である琴似で事務所を開設している小野暁世史弁護士の登場です。
「高齢者虐待」という深刻なテーマを、小野暁世史弁護士が丁寧に説明していきます。
ぜひ、お聞きください。
放送日 | 2016年8月23日 |
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ゲスト | 小野暁世史弁護士 |
今週の放送 キーワード |
高齢者虐待防止法,虐待,養護者支援,通報 |
— はい,今週も「札幌弁護士会の知恵袋」の時間がやって参りました。
札幌弁護士会の法律相談によせられる皆様の質問に,弁護士がズバリ答えます。
毎週火曜日の午前9時15分から15分間,役立つ情報を月替わりのテーマで放送します。
8月は5週連続で,「高齢の方及び障害のある方への支援」について取り上げていきます。今回は,その4回目で,札幌弁護士会所属の小野暁世史(おのあきよし)さんに高齢者の虐待について説明していただきます。よろしくお願いします。
第1 弁護士の自己紹介
小野:どうぞ,よろしくお願いします。
— 早速ですが,自己紹介をお願いします。
小野:皆様,はじめまして。小野暁世史と申します。まずは,簡単に自己紹介をさせていただきます。
私が弁護士登録をしたのは平成23年です。三角山放送局と同様、事務所は琴似にあります。趣味はサッカーと自転車で、司法試験に合格したあと自転車で東京から福岡まで走ったことがあります。最近はなかなか運動はできてなくって、体がなまってますね。
以上が簡単な自己紹介です。
第2 札幌市の高齢者虐待の件数
— 今回は高齢者の虐待というテーマでのお話になりますが,そもそも高齢者の虐待,というのは札幌でもあるんですか?
小野:あります。高齢者の日常生活の世話をしている人のことを「養護者」というんですけど,平成26年度に,養護者による虐待について区役所などに相談のあった件数は258件,そのうち虐待と認定されたのは77件です。
また,弁護士として,あるいは札幌弁護士会の高齢者・障害者支援委員会の委員として活動するにあたり,高齢者虐待の相談を受けることがあります。どういう事例が相談されているのかについては,後ほどお話したいと思います。
第3 高齢者虐待防止法とは
— なるほど。ところで,高齢者を虐待してはいけないというのは至極当然のように思えますが,虐待してはいけない,ということを特に定めている法律があるんでしょうか。
小野:はい,高齢者の虐待については,「高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」によって,さまざまな対応が定められています。この法律は,一般に,「高齢者虐待防止法」と言われますので,ここでもそのように呼びたいと思います。名前が長いですよね。
第4 養護者とは何か
— そうですね。この長い名前ですが,高齢者虐待の防止,につづいて「高齢者の養護者に対する支援等」に関する法律とされていますが,これはいったいどういうことなのでしょうか。
小野:いいところに気が付いて下さいました!これは,この法律が定められた趣旨,目的に関係しているんです。説明したいと思いますが、そもそも,高齢者の虐待って,どのようにして起こると思われるでしょうか。虐待している人は、昔から、何十年もずーっと虐待し続けているのでしょうか。どう思われますか?
— そうでは無いように思えますが…
小野:そうなんですよね。例えば,母親と同居している子供がいる家庭,子供と言ってももう成人していて働いており,家計を支えているような人です。こういう事例で考えてみましょう。
— よくありそうな家庭ですね。
小野:そうですね。
あるときお母さんの顔にアザが出来ていたので尋ねると,お子さんに叩かれたとのことでした。よく見ると腕などにちょっと古い傷もあります。では,このお子さんは,お母さんをずっと叩いてきたのかというと、そうではないんですよね。小さいときにはお母さんに育ててもらって,成人してからもお弁当や食事を作ってもらっていたかもしれません。何らかのきっかけで,こうした正常な関係が崩れて,虐待が発生してしまうのです。
では、例えば、どのようなきっかけで虐待がおこるのか、何か思いつく事情はあるでしょうか。
— そうですね…例えば、介護疲れなどでしょうか。
小野:そうですね。後で述べますが、家での虐待のケースでは、介護疲れ介護ストレスという理由が最も多いですね。今言った事例ですと、お母さんが認知症になってしまった、という事情があるかもしれません。こうした事情があると、家族の生活は大きく変わり、認知症になったご本人も含め、皆さん大きなストレスを抱えます。具体的には、次のように生活が変わったりします。
お子さんは毎日一生懸命働いていますが,帰宅するとお母さんがご飯を食べたのに食べていないと何度も何度も尋ねてきて,説明しても理解してもらえずゆっくり休むこともできない,買い物に出て迷子になってしまい警察に保護され,お子さんは疲れた体を引きずりながら迎えに行く。
そのような出来事が繰り返されていたある日,思わず,お子さんはお母さんに手をあげてしまい,そうすると不思議とお母さんがおとなしくなり外出もしなくなった。でも,何日か経つとまたお母さんのおしゃべりや行動は活発になっていく。
そして,日々の介護疲れ,一人で親の面倒をみなければならないというプレッシャーも重なり,お母さんの身の安全を守るためには,言っても分からないなら暴力もやむを得ないと思うようになり,日常的に暴力を振るうようになった…。
このようにして、虐待が発生して、継続していくことになります。
第5 高齢者虐待の解決、養護者への支援
— なるほど。では、このようにして発生した虐待事例について、法律は、どのようにして解決していこうとしているのでしょうか。
小野:はい。虐待を発見した人の対応は後で述べたいと思いますので、ここでは虐待防止法の趣旨から、目指すべき解決の姿をお話ししたいと思います。
つまり、こうした虐待を解決しようと思ったとして、こうした事例の場合,お母さんをどこか別の場所に隔離して保護するだけで,虐待を解決したと言えるでしょうか、ということなんです。恐らく,それは臭い物に蓋をしただけであって,解決とは言わないだろうと思います。元の平和で円満な家庭に戻るのがベストですから。
— そうですね。
小野:このケースでは,このお子さんの,お母さんを守りたいという気持ち自体は尊重すべきなのですが,そのための手段が全くもって間違っているわけです。そこで,このお子さんに,『こういう場合には,このようなお母さんを支援するための介護サービスがあるんだよ,あなた一人でお母さんを守るのは限界があるのでそういったサービスを利用するというのはどうですか?』と提案をしたり,お子さん自体にたとえば金銭的な悩みがあってイライラを募らせていたのであれば弁護士等を紹介してそれを解決するためのアドバイスをしたり,要するにこの虐待をしていたお子さんの支援をして根本的な原因を取り除くわけです。これを,「高齢者の養護者に対する支援」と言っているんですね。
— なるほど,高齢者虐待防止法の目的には,高齢者の保護のほか,高齢者の面倒を見ている人の支援も含まれる,ということですね。
小野:そうですね。今,お話ししたのは一例で,支援の仕方はほかにもいろいろあります。養護者の方が,どういったことで困っているのかによって,支援の仕方は変わってきます。
このように,虐待をしてしまった人を罰するのではなく,支援していく,という発想をもって定められたところに,この法律の大きな特徴があります。
第6 高齢者虐待の類型
— そうなんですね。ところで,一口に「虐待」と言っていますが,どのような行為が虐待にあたるのでしょうか。
小野:はい,高齢者虐待防止法は,虐待について5つの類型を定めています。
わかりやすいところですと,まず,叩く蹴るといった「身体的虐待」です。
それから,例えば,高齢のお母さんが転んでけがをした,足が大きく腫れているのに病院に連れていかない,というような場合,どうでしょうか。こうしたケースは,「介護・世話の放棄・放任(ネグレクト)」という虐待類型に当たります。必要な介護や世話をしないこと,これも虐待にあたるんですね。
それから,「心理的虐待」,という類型があります。これは,どういう行為だと思われますか。
— え,そんな突然ですね,う~ん,困ったな。そうですね…悪口をいうとかですか?
小野:そうです。叩いたりはしないんだけど,悪口や高齢者の傷つくようなことを言ったり,態度をとって精神的な苦痛を与える行為なんですね。
あと2つの虐待類型ですが,まず,「性的虐待」ですね。これは,後で紹介する厚労省の統計でもかなり少ないのですが,虐待にあたります。性的な接触だけでなく,人前で排せつ行為をさせたりおむつ交換をする等もあたります。老人ホームの大部屋などではときどきあるようです。
最後の虐待類型ですが,どのようなものと思いますか?ヒントは,お金です。わかるでしょうか。おそらく,気が付いた方もいると思います。最後の虐待類型は「経済的虐待」,と言われるもので,例えば,必要な生活費をあげない,とか,高齢者の年金や預金を勝手に使っちゃう,とかいう行為です。
— 一口に虐待といっても,いろいろな類型があるんですね。ところで,どの虐待類型が一番多いんですか。
小野:こうしたデータについては,厚生労働省が平成18年度から毎年,高齢者虐待防止法に基づく対応状況等に関する調査結果,というものを公表しています。
ところで,実は,高齢者虐待防止法では,簡単にいうと,家で面倒を見ている人の虐待と,介護サービス事業所の職員による虐待とに分けているのですが,いずれのケースでも,虐待数の分布はほとんど変わりません。一番多いのは,やはり,身体的虐待のケースですね。二番目なんだと思いますか,残る類型は,介護の放棄(ネグレクト),心理的虐待,性的虐待,経済的虐待です。どれでしょうか…。二番目は,心理的虐待です。三番目は,家での虐待ケースだと,ネグレクト,施設での虐待ですと経済的虐待,となっています。
第7 高齢者虐待が起きる背景
— どうして虐待が発生してしまうのでしょうか。
小野:虐待発生の要因はいくつかあり,これも厚労省の調査結果がでています。
まず,家での虐待のケースですと,やはり「介護疲れ・介護ストレス」というものが1番です。次に,2番目の要因ですが,「虐待者の障害・疾病」です。虐待した人自身が介護疲れで精神を病んでしまっている場合もあります。3番目以降ですが,家庭の経済的困窮や,虐待者の性格,人間関係,飲酒等が続きます。
介護サービス事業者による虐待のケースですと,1番目の要因は,これは62%で,もっとも多い数字ですが,介護技術等の問題,とされています。技術が未熟であったり不足しているため過剰な身体抑制をしたり,という問題かと思われます。そのほかは,ストレスや感情コントロール,虐待者の性格,倫理観の欠如,組織風土等があげられています。
第8 高齢者虐待の通報
— どのようなケースが虐待にあたるのか,また,なぜ虐待が起こるのかについて説明いただきましたが,私たちが,あ,なんだか虐待かもしれない,と思ったときには,どうしたらよいのでしょうか。
小野:これは,区役所や地域包括支援センターに,通報してください。高齢者虐待防止法は,虐待に気づいた人に通報義務や通報努力義務があることを定めています。
— でも,虐待なのかな,わからないな,でも,虐待かもしれないな,という場合もありますよね。そんなときでも,通報してもよいのでしょうか。虐待かもしれないけど,確証が持てない場合ですね。どうでしょうか。
小野:迷わず,通報してください。法律は,「虐待を受けたと思われる」高齢者を発見したときは,と定めており,通報するにあたって,客観的な証拠や確信は不要です。本当に虐待があったのかなかったのかを判断するのは役所の仕事なので,それは良くないんじゃないかなあと思ったらそれ以上のことを考える必要はありません。
— まずは広く受け付けるということなんですね。
小野:そのとおりです。法律は,虐待かもしれない,と思った人が通報することについて躊躇することのないよう,通報を受けた市町村は,誰が通報したのかばれないようにしなければならないということも定めています。
— でも,通報した人は守られるとしても,通報された人は,警察に逮捕されたりしてしまいませんか。
小野:通報と言うと110番みたいですが,要は情報提供です。ちょっと心配なお宅があるので,行政が支援の手を差し伸べるべきかどうかを確認してきてもらえませんか,という意味合いに過ぎません。ですので,躊躇することなく,積極的に通報したほうがよいですね。
— それでもいきなり通報するのは抵抗がある,という人はどうしたらよいでしょうか。
小野:抵抗とは,何に対して抱くどのような気持ちなのでしょうか。虐待というのは,だんだんエスカレートすることが多く,毎年何人もの尊い命が失われていますが,死んでしまってからでは遅いんですよ。通報は,必ずしも名乗る必要はありませんので,そのような考えは捨ててください。決して家庭を壊すためのものではなく,家庭の平和を取り戻すためのものですから,遠慮は要りません。
— そうなんですね。
小野:高齢者の虐待というのは,単に,憎たらしくて虐待しているという単純なものではなく,様々な要因によって,あるときから始まります。高齢者虐待防止法は,虐待した人を罰するための法律ではなく,高齢者を保護し,また,虐待した人も支援して,高齢者と虐待した人との関係を正常に戻すための法律です。こうした法律なんだということをご理解いただき,少しでも虐待かな,と思った場合には,躊躇することなく,区役所に通報してください。
— さて,本日の札幌弁護士会の知恵袋は以上になります。
札幌弁護士会の知恵袋は,札幌弁護士会のホームページで過去の放送分をテキストで見ることができます。また,音声でも聞くことができます。今日の放送で聞き漏らした部分があるという方はぜひチェックしてください。
進行は田島美穂(タシマ ミホ)でした。
【厚労省 高齢者虐待防止関連調査・資料】
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/boushi/
制作・著作
<エグゼクティブプロデューサー>
弁護士坂口唯彦(札幌弁護士会)
<プロデューサー>
弁護士北山祐記(札幌弁護士会)
杉澤洋輝(三角山放送局)
<脚本>
弁護士小野暁世史(札幌弁護士会)
<出演>
番組MC 田島美穂(三角山放送局)
ゲスト 弁護士小野暁世史(札幌弁護士会)
<監修>
弁護士上田絵里、弁護士山田敬純、弁護士佐藤敬治(札幌弁護士会)
<初回オンエア>
平成28年8月23日