周波数 | 三角山放送局 76.2MHz「トークinクローゼット」内コーナー |
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放送時間 | 毎週火曜日 AM 9:15~ |
2月の月間テーマは「刑事弁護」です。
第1週は、「どうして弁護人は悪いことをした人を弁護するのか」という素朴な疑問に、弁護士が答えます。
本日は、札幌市以外で活動する弁護士初登場! 苫小牧市の岡聖子弁護士にお話ししていただきます。ぜひお聞きください。
放送日 | 2017年2月7日 |
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ゲスト | 岡聖子弁護士 |
今週の放送 キーワード |
刑事弁護、推定無罪の原則、情状の酌量、適正な裁判 |
— はい、今週も「札幌弁護士会の知恵袋」の時間がやって参りました。
今月は4週連続で、刑事事件の弁護活動について取り上げていきます。
第1週目のゲストは、札幌弁護士会に所属の岡聖子(おかさとこ)さんです。
岡:よろしくお願いします。
第1 自己紹介
— 本題に入る前に岡さんの自己紹介をお願いします。
岡:私は弁護士になって今年で7年目の弁護士です。もちろん、札幌弁護士会に所属していますが、出身地である苫小牧市を中心にして活動をしています。札幌弁護士会というとリスナーの皆様には、札幌市の弁護士会と聞こえるかもしれませんが、札幌地方裁判所の支部が管轄となる地域が全て含まれるので、かなり広い範囲なんですよ。
— 東西南北でいうとどのくらいの範囲なんでしょうか?
岡:東の方角でいうと、夕張市や栗山町などが、西の方角でいうと倶知安町や伊達市・室蘭市などが、南の方角でいうとえりも町や浦河町などが、北の方角でいうと石狩市や滝川市などが、全て札幌地方裁判所の管轄になっています。
簡単に説明すると、この地域にある弁護士事務所に所属している弁護士が、札幌弁護士会に所属している弁護士ということになります。
— それは、相当広い地域ですね。
しかも、岡さんは、今日は札幌市のスタジオまで収録に来ていただいたのですね。お疲れ様です。やはり出張も多いのですか?
岡:そうですね、札幌にはよく来ますし、苫小牧と同じ胆振地方や、近隣の日高地方方面には、よく出張します。刑事事件ですと、伊達や室蘭、静内や浦河で起きた事件を担当することもあります。東に西にと、よく車で行き来しています。
第2 刑事弁護とは
— そうなんですね。さて、今日は、刑事弁護についてのお話しと伺っています。
弁護士さんの仕事といえば、やはり「犯罪をした人の弁護をすること」というイメージがありますが・・・。
岡:はい。犯罪をしたと疑われる人の味方になって、法律的に擁護することは、弁護士の大事な仕事です。
— ただ、ニュースなどで悲惨な事件が報道されると、「犯人は何て悪い人なんだろう」と思ってしまいますし、そんな人に弁護人がつくと、「どうして弁護士は、悪いことをした人を庇うのだろう」と、不思議に思う人は多そうです。
岡:私たち弁護士も、一般の方々から、「どうして、弁護士は悪い人の味方をするのか」とよく聞かれます。
— それではなぜ、弁護士は、悪いことをした人を弁護するのでしょうか。
岡:それは、その人が本当に悪いことをしたかどうか、悪いことをしたとして、その行為がどのくらい悪いか、わからないから、です。
— どういうことでしょう?
岡:いま、日本では、警察や検察官に犯人だと疑われて、逮捕されたり、裁判にかけられたりしたら、その人は犯人として扱われてしまいがちですよね。新聞やテレビで名前や顔が報じられると、この人がやったんだ、悪い人だ、と半ば決めつけられてしまいます。しかし、実際には、疑いをかけられたからといって、真犯人とは限りません。警察や検察官も人間ですから、間違って、罪を犯していない人に疑いを向けてしまうこともあります。世間の人たちから、疑わしい、と思われている人も、実はよくよく反論を聞いて調べてみると、犯人ではなかった、という場合があります。
— 濡れ衣の可能性がある、ということですね
岡:はい。ですから、疑わしい、という状態にすぎないのに、そのまま人を犯罪者扱いして、十分に言い分も聞かずに刑罰を科してしまうと、とんでもない過ちをおかす可能性があります。やってもいない罪で誰かを刑務所に入れたり、ましてや死刑にしたりすることは、絶対にあってはいけませんよね。犯罪を裁くための活動のなかで、あらたな被害者を生みだしてしまうのは、本末転倒で、悲劇としかいいようがありません。そのような冤罪を防ぐために、法律は、裁判、という手続を用意しています。犯人と疑われた人に十分な反論の機会を与え、証拠によって、「この人がまず間違いなく犯人だ」と判断する裁判を経てはじめて、人を犯罪者として扱い、刑罰を科すことができることとされているのです。
第3 無罪推定の原則
— 裁判を経ないと、どんな人でも、犯罪者として扱うことはできない、ということですね。
では、証拠が揃っていて、誰がどう見ても、明らかに悪いことをしたという人も、同じなのですか?
岡:はい。裁判でクロと認定されるまでは、どれほど罪を疑われている人も、シロだ、というところから始めることになっています。グレーですらありません。たとえ証拠があっても、その証拠が間違っていたり、違う評価をすることができる場合もあります。一見真っ黒に見えても、裁判の中で色々な角度から吟味してみると、真っ白になる事件もあるんです。裁判で法的な結論が出るまでの間は、何人も犯罪者と決めつけることはできない、このルールを法律の世界では、「推定無罪の原則」といいます。
— その言葉は、聞いたことがあります。ちなみに、ある人が犯人だという証明は、どのようになされるのですか
岡:検察官が、証拠に基づいて、証明します。証明は、その人が犯罪をおかした可能性が高い、という程度では不十分だとされていて、その人が犯罪をおかしたと、通常の人であれば誰でも疑わない程度に、間違いないといえる程度まで証明しなければならない、とされています。
— 中々条件が厳しいのですね。
岡:ひとりの人間を犯人だと判断することは、その人の財産や自由を奪ったり、場合によっては命を奪ったりすることにつながるので、証明のハードルはとても高く設定されているのです。検察官が有罪だ、と主張しても、疑われている人の反論を聞いた裁判所が、有罪ではない可能性がそれなりに有り得ると認めれば、無罪となります。
— なるほど。そうなると、犯罪者と疑われた人が、裁判を受け、自分の言い分を正しく話すことがとても大事なのですね。
岡:そうなんです。ただ、正しく言い分を話すということは、実際とても難しいことです。犯罪者と疑われた人は、一般に、裁判を受ける前の取調べで、警察や検察官から言い分を聞かれますが、疑われているという不安の中で正しく言い分を伝えることができるかというと、とても難しいです。逮捕されている場合はなおさらです。慣れない環境で拘束をされるなかで、精神的にも心細くなり、思うように話せなくなることもしばしばです。また、裁判となれば、検察官という、法律のプロと戦いながら、自分の言い分を主張しなければなりません。法律の素人である個人が、検察官と対等に太刀打ちできるかというと、これもまた難しいです。そこで、公平で適正な裁判を受けさせるためには、犯罪者だと疑われた人の立場に立って、本人に法律的なアドバイスをしたり、本人に代わって言い分を整理したりする法律家が必要なのです。この法律家というのが、弁護人、という訳です。
第4 情状弁護とは
— 本人の言い分を正しく伝える役目を負っているのですね。では、本人が犯罪をやったことは間違いない、と認めている事件では、言い分もないということで、弁護をする必要はないのでは?
岡:いえいえ、そんなことはありません。同じ犯罪でも、重さ、軽さがあります。仮にその人が実際罪をおかしていたとしても、おかした罪に比べて、不当に重い処罰がなされないように、言い分を正しく裁判で主張する必要があるのです。
— 同じ犯罪でも、それほど違いがあるのですか
岡:はい。法律は一般に、犯罪に対してどのくらいの刑罰を科すべきかという範囲を、幅をもって定めています。たとえば、人の物を盗むという窃盗の罪の場合、その刑罰は「10年以下の懲役または50万円以下の罰金」と定められています。同じ窃盗でも、10万円の罰金が言い渡されることもあれば、10年間刑務所に行きなさい、と命じられることもある、ということです。人を傷つけたという傷害の罪だと、15年以下の懲役または50万円以下の罰金です。
— ずいぶん、幅が広いですね。刑罰の重さ、軽さは、具体的にどのような点に着目して決められるのですか。
岡:大きく分ければ、犯行に関する事情と、それ以外の事情によって決まります。犯行に関する事情というと、たとえば、被害の結果ですね。500円の物を盗んだ人と、1000万円の物を盗んだ人がいたとして、どちらも窃盗の犯人です。盗まれた被害者の方からすると、どちらも盗みは盗みですから、腹立たしいでしょう。しかし、罰をくだすとなれば、やはり500円を盗んだ人と1000万円を盗んだ人とで、同じ刑罰を科すことはできません。また、犯行の態様も、判断材料になります。綿密な計画を立て、被害者を逃げられないように仕向けてから痛めつけた人と、お互いケンカをするなかで衝動的に思わず相手をポカッと殴った人、どちらも暴力を使ったので悪いことではあるのですが、計画的に痛めつけた方が、より悪質に思えますよね。この場合も、刑罰の重さは、変わってきます。
— なるほど。では、それ以外の事情というのは。
岡:犯罪をおかした人に関する事情ですね。反省の気持ちがあるかとか、事件後どのように行動したかとか、更生のために環境が整っているかとか、そういった事情が判断材料となります。たとえば、事件を起こしたけれど、あとになってとても反省して、被害者の方に謝ったり、弁償をしたりした人と、まったく反省せず、開き直っている人とがいる場合、やはり全く同じように処罰するのは不公平ですね。弁護人は、このような犯罪の重さ、軽さに関わる事情に着目し、その人の行為のなかに見るべき事情があれば、それを言い分として、裁判で主張します。いわゆる情状の酌量と呼ばれているものです。
— 犯罪をおかしたことを認めている事件でも、裁判で言い分を伝えることは重要なのですね。
第5 刑事裁判の構造について
岡:はい。ここでお伝えしたいのは、犯罪者と疑われた人が裁判で言い分を述べるのは、ただの「弁解」「言い訳」をしているのではなく、刑事司法の仕組みとして大事なことなんだ、ということです。犯罪者だと疑われた人が、裁判で、検察官と対等な立場で、自分の言い分を伝えるというのは、歴史の中で築き上げられた、刑事司法のシステムです。乱暴なたとえになりますが、検察官と弁護側は、それぞれひとつの事件を、違う角度からライトで照らす役目を負っています。そうすることで浮かび上がった事件の全体の姿を、裁判官が見て、適正に判断するのが裁判なのです。もし、弁護側のライトを消して、検察側からだけライトを照らすと、その事件がどんな姿をしているのか、よく分からなくなってしまいます。そうなると、裁判官も人間です、事件の全体がよく分からないまま、間違った判断をするかもしれません。冤罪を生んでしまったり、本来あるべき刑よりも重い刑を科してしまったり、するかもしれません。
— それはよくありませんね。
岡:はい。誰にとっても利益のない、正義のない結末になります。もちろん、事案によっては、弁護側の言い分が弱く、意味がないように見える場合も、もしかしたらあるかもしれません。それでも、どんな事件でも例外なく弁護側のライトをつけて、事案を照らしつづけることが大事なのです。反対側に潜んでいる真実を、うっかり見落としてしまわないように。
— それが、公正なシステム、というものなのですね。
岡:はい。弁護人も、そして検察官、裁判官も、この、公正な刑事司法というシステムを守っているといえるのです。
— 札幌弁護士会の知恵袋は、札幌弁護士会のホームページで過去の放送分をテキストで見ることができます。また、音声でも聞くことができます。今日の放送で聞き漏らした部分があるという方はぜひチェックしてください。
進行は田島美穂(たしまみほ)でした。
制作・著作
<エグゼクティブプロデューサー>
弁護士坂口唯彦(札幌弁護士会)
<プロデューサー>
弁護士見野彰信、弁護士北山祐記、弁護士髙橋健太(札幌弁護士会)
杉澤洋輝(三角山放送局)
<脚本>
弁護士岡聖子(札幌弁護士会)
<出演>
番組MC 田島美穂(三角山放送局)
ゲスト 弁護士岡聖子(札幌弁護士会)
<監修>
弁護士上田絵理、弁護士山田敬純、弁護士佐藤敬治(札幌弁護士会)
<初回オンエア>
平成29年2月7日
札幌弁護士会