声明・意見書

憲法で保障された高等教育機関での教育を受ける権利を確保するために
奨学金制度の抜本的な見直しを求める意見書

2013(平成25)年12月10日
札 幌 弁 護 士 会
会長 中 村  隆


第1 意見の趣旨

  1.  国は,教育予算を拡充させ,高等教育の授業料の無償化を含め,漸次,引き下げるための方策を実施すること。
  2.  国は,高等教育に対し,給付型を原則とする奨学金制度を導入すること。
  3.  独立行政法人日本学生支援機構は,現在,貸与されている奨学金の回収については,返還困難な者に対する返還猶予など柔軟に運用をすること。

第2 意見の理由

  1.  奨学金問題によって教育を受ける権利の保障が危機的な状況に陥っていること
     国民には憲法第26条で教育を受ける権利が保障されている。この下,我が国には,独立行政法人日本学生支援機構(以下「日本学生支援機構」という。)による奨学金制度が存在している。奨学金制度は,経済的な問題で大学等への進学の機会が閉ざされることのないように機能しており,国民の教育を受ける権利を実質的に担保している制度であるといえる。しかしながら,昨今大学在学中に貸与を受けた奨学金の返還が困難ないし不能になる事例が増加している一方で,これに対する日本学生支援機構の回収業務のあり方が社会問題となっている。
    すなわち,現在の我が国においては,国による助成が減少していることも相まって,日本の大学の授業料は,国立大学も含め高額となっており,多くの学生が奨学金に頼らざるを得ない状況にある。
    また貸与を受けた学生は,大学卒業後に,奨学金の返還を開始しなければならないが,昨今は就職状況が悪化していることに加え,仮に就職できたとしても,非正規雇用の増加,リストラ,精神疾患への罹患といった,労働環境の悪化に起因する低収入の状態を余儀なくされるなど,本人の責に帰せしめえない社会経済上の構造的な問題によって,貸与を受けた奨学金の返還が困難ないし不能になる者が後を絶たない。
     他方で日本学生支援機構による回収業務は,後述するように厳しく行われているのが実情であり,このことも社会問題化している。延滞金利については,文部科学省は,従来10%であったものを来年度から5%に引き下げる方針を固めたものの,大学4年間の学費として数百万円の貸与を受けた場合には,その金利負担はなお大きい。現在の経済状況下では,学生は大学に進学したとしても将来就職をして奨学金を返済できるか不透明であり,その不安故に,経済的な理由で大学進学を断念せざるを得ない事態さえ生じている。かかる状況では,憲法が保障する教育を受ける権利が実質的に保障されているとは言い難い。
  2.  高等教育の環境整備は国の責任において行うべきであること
     教育は人材育成のための要であり,国がその責任において経済的な保障をしなければ,教育を受ける権利を実質的に保障したことにはならない。
     教育を受ける権利の保障は,その個人のみを利益の享受者とするものではなく,社会経済に貢献しうる人材の育成に資するものであって,その利益の享受者は国民全体である。
     しかしながら我が国では,高額な大学授業料故に多くの学生は奨学金の貸与を受けざるを得ない。その上,奨学金の貸与を受けたとしても,最終的にはこれを返還しなければならないという意識の下では,安心して勉学等に勤しむことが困難であり,教科書や文献の購入にも躊躇を覚えざるを得ないことすら想定しうる。
     それ故,かかる意識に左右されない公費による人材の育成こそが基本であり,OECD諸国の中で最低となっている教育予算の拡充,高等教育の授業料の無償化を目指す抜本的な検討が不可欠である。
     ところで、1966年に国連で採択された国際人権A規約の13条2項(C)は「高等教育は…無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること」と定めている。日本国政府は同規約を1979年に批准しながらも、当初は同条項については保留するという対応を取った。しかしながら2012年9月、国はこの留保を撤回し、本来的な責務を負担することを明確にしている。
     それにも関わらず,未だ授業料無償化に向けた予算処置はとられていないままである。
  3.  奨学金返済の滞納は構造的な問題であり,給付型を原則にするなど奨学金制度の抜本的な改革が必要であること
     (1) OECD諸国を始めとする多くの国では,奨学金は給付が原則であり,償還が予定されるものは「教育ローン」と呼ばれる。
     これに対し,我が国の奨学金は,貸与が原則となっており,その実態は教育ローンと同じである。
     (2) また学生が奨学金の貸与の審査にあたっては,基本的には両親の経済的水準によって判断され,貸与を受ける者の資力が重視されることはない。これは,奨学金の受給を希望する学生(多くは未成年者)は,奨学金を受給する時点においては,将来的な収入について全くわからないという特殊性があるからである。
     従って,受給時に経済的に厳しい状況にあれば貸与は受けられる一方で,卒業後,就職ができなかったり,就職ができたとしてもリストラに遭うなどして収入が減少してしまった場合には,直ちに,返還不能に陥らざるを得ない構造を有している。
     加えて奨学金の貸与を受けるためには,連帯保証人をつけるか,一定の保証料を支払うことによって機関保証を受けるかのどちらかを選択しなければならない。
     ところが機関保証を受ける際の保証料は実質的には利息であり,それだけ金銭的負担が大きくなる。
    また連帯保証人は,両親ないしは4親等以内の成人親族とされていることから,ひとたび貸与を受けた者が返還不能になると,連帯保証人になった親族までもが高額な奨学金の返還に巻き込まれることになる。昨今,第三者保証が社会問題化しているのと同様の問題が奨学金の返還の場合にも起きている。
    (3) 現在の奨学金制度は有利子返還を前提としており,この背景には受益者負担の発想がある。しかし,前述したとおり高等教育は人材養成の一環であるうえ,近年返還が不能になっている事例の多くは,自らの責めに帰すような事情というよりはむしろ,社会経済上の構造的な問題に起因しているということができる。そこでこのような受益者負担的な発想を転換し,給付型を原則とすることを始めとして,奨学金制度の制度設計全体を見直すべきである。
  4.  返還困難に陥った利用者の救済も急務であること
    (1) 日本学生支援機構の奨学金の教育ローン化が指摘され,近年雇用や生活上の困難等から奨学金返済に窮する利用者が急増していることを受け,2013年2月,日本弁護士連合会及び当会は,全国一斉の電話相談を行った。その結果,奨学金の返還が困難であるとか,延滞金の負担が重すぎるといった多くの相談が寄せられた(453件)。
     日本学生支援機構の発表によっても2011年度では301万人の返還を要する者のうち、33万人余りが滞納状態となり、3ヶ月以上滞納した者は19万7000人にものぼっている。2012年度でも滞納者は33万4000人となり過去5年間で増え続けている。
    (2) ところで奨学金の回収に関しては,日本学生支援機構は,これを基本的にはサービサーなどの民間に委託して行っている。その結果,回収業務にあたっては民間のノウハウを利用するという名目の下,実態としては民間企業の営利事業となっており,そこでは回収率を上げることが追求されているものと思われる。
     またこのサービサーによる回収業務では時々の経済的状況など返還が困難ないし不能となった社会経済上の構造的な問題について,十分な斟酌をしないまま,一定期間が経過すると機械的に支払督促を申し立て,さらには延滞金の減額にも一切応じないなどの対応を行っている。このことが,連帯保証人になった親族も含め,貸与を受けたものの経済的な破綻を招いている側面がある。
    (3) 加えて2010年からは,返還が不能となり延滞が一定期間続いた者は信用情報に事故情報として掲載されることになった。そのため貸与を受けたものの中には,大学卒業後間もなく,いわゆる「ブラック」になり,最初から経済的信用がないままに社会人としてのスタートを切らなければならないものも存在する。
    (4) 奨学金を利用したが故に日本学生支援機構によるサービサーを利用した取立がなされ,その結果により生活が困窮している者が多数生じている状況を放置することはできない。
    この点日本学生支援機構は,他の返還を継続している者との間で不平等にならないようにすべきとしているが,それでは単なる教育ローンの取立と変わらない。元々の奨学金の目的からするならば,教育を受ける権利の充実という観点からの支給(貸付)であり,福祉の一環でもあることに鑑みれば,かかる理由付けは当たらない。
    (5) 奨学金滞納は構造的な問題である以上,多重債務の問題の一環として破産手続きなどを行えば足りるというものではなく,奨学金問題に則した対応が求められるべきである。
    日本学生支援機構は,その回収業務にあたり,延滞金の免除や支払猶予を積極的に行うなど,柔軟な運用をすべきである。

以上

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