声明・意見書

高等学校等における生徒の政治的活動の自由を保障するとともに、教師の政治的教養の教育における専門的裁量を尊重することを求める意見書

第1 意見の趣旨

  1.  当会は国に対し、2015年(平成27年)10月29日付文部科学省初等中等教育局長名の通知「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について(通知)」(27文科初第933号)(以下「通知」という)及び上記通知に関するQ&A(以下「通知に関するQ&A」という)のうち、以下の点の見直しを求める。
    (1)通知が、高等学校等の生徒の政治的活動について、授業その他の学校教育活動の場面では一律に禁止している点
    (2)通知が、高等学校等の生徒の政治的活動について、放課後や休日の構内及び構外における活動に対しても制限・禁止を求めている点
    (3)通知に関するQ&Aが、放課後や休日の構外での政治的活動を行う場合における学校への届出制を定める校則を認めている点
    (4)通知が、高等学校等の教師に対して、政治的教養の教育の場面において無限定に「個人的な主義主張を述べることを避け」ることを求めている点
  2.  当会は、北海道内の各教育委員会及び各高等学校等に対し、生徒の政治的活動等の自由を保障するとともに、教師の政治的教養の教育における専門的裁量を尊重することを求める。

第2 意見の理由

  1.  通知及び通知に関するQ&Aの公表と問題点
     (1)2015年(平成27年)6月17日に成立した公職選挙法等の一部を改正する法律により選挙権年齢が満18歳以上に引き下げられ、2016年(平成28年)7月10日に実施された参議院議員選挙においては18歳、19歳の有権者が初めて自らの判断で一票を投じた。
     文部科学省は、選挙権年齢の引き下げに伴い、2015年(平成27年)10月29日付通知を発出し、さらに通知に関するQ&Aを公表した。
     (2)通知は、高等学校等の生徒が、国家・社会の形成に主体的に参画していくことがより一層期待されると指摘する一方で、政治的教養の教育に当たって「教員は個人的な主義主張を述べることは避け、公正かつ中立な立場で生徒を指導すること」とし、また、高等学校等の生徒の政治的活動等について「高等学校等の生徒による政治的活動等は無制限に認められるものではなく、必要かつ合理的な範囲内で制約を受けるものと解される」としている。
     さらに、通知に関するQ&Aにおいては、放課後、休日に学校の構外で行われる政治的活動等に際して学校への届出を義務付ける届出制の校則について、生徒による政治的活動等は高等学校の教育目的の達成等の観点から必要かつ合理的な範囲内で制約を受けるとして、一定の配慮の下に学校への届出を義務付ける校則を容認している(Q9)。
     (3)上記通知及び通知に関するQ&Aは、高等学校等の生徒の政治的活動等の禁止や制限を広範に認めることにより生徒の政治活動の自由や表現の自由、思想・良心の自由等の基本的人権を制限し、また、「政治的中立性」の名の下に必要以上に教師の教育の自由を制限するものであって、容認できない。
     以下、詳述する。
  2.  通知が高等学校等の生徒の政治活動の自由を侵害するものであること
     (1)通知は、高等学校等の生徒の政治的活動の制限について、高等学校等の生徒による政治的活動等は「必要かつ合理的な範囲内で制約を受ける」とした上で、具体的には①学校の教育活動の場面、②放課後や休日等の学校の構内、③放課後や休日等の学校の構外のそれぞれの場面における政治的活動について必要な制約を挙げている。
     まず、通知は、①教科、科目等の授業及び生徒会活動、部活動等の授業以外の教育活動といった学校の教育活動においては政治的活動等を「禁止することが必要である」とする。そして、②放課後や休日等の学校の構内における政治的活動等については「制限又は禁止することが必要である」とし、さらに③放課後や休日等の学校の構外における政治的活動につき、違法若しくは暴力的な政治的活動等になるおそれが高いものについては「制限又は禁止することが必要」であり、それ以外についても「必要かつ合理的な範囲内で制限又は禁止することを含め、適切に指導を行うことが求められる」とする。
     しかしながら、通知による高等学校等の生徒の政治的活動の制限は広範にすぎ、政治活動の自由、表現の自由、思想・良心の自由等の基本的人権を侵害するものであり、憲法21条、19条に違反するおそれがある。
     (2)まず、①学校の教育活動において一律に政治的活動等を禁止することになれば、授業で具体的な政治的事象に関するテーマを取り上げることを躊躇させることになりかねず、また、部活動の場などにおいて現実の政治的社会的事象に関する表現や学習が禁止されるおそれがある。
     また、②放課後及び休日の学校の構内における政治的活動の制限ないし禁止をなし得る根拠として、通知は政治的中立性の確保を挙げるが、教育基本法14条2項にいう政治的中立性の確保の要請は「学校」への要請であり、本来、放課後や休日等の生徒の活動に適用されるべきものではない。学校の構内であることを理由とする放課後及び休日の政治的活動の制限は、その制限の目的においても手段においても必要かつ最小限度のものであることが厳格に求められるべきである。
     さらに、③放課後及び休日の学校の構外における政治的活動は②の場合にも増して高校生の自由が最大限尊重されなければならず、一律に禁止することはもとより、個別の制限を課す場合であっても、他者の基本的人権との調整上真にやむを得ないと認められる場合に、必要最小限度の制約を課すものでなければならない。
     したがって、通知が高等学校における生徒等の政治的活動等について授業その他の学校教育活動の場面では一律に禁止し、放課後や休日の学校内外での活動についても必要最小限度の制約を超えた禁止や制限を認めている点は生徒の基本的人権を過度に制約し、憲法21条、憲法19条に違反するおそれがあることから、見直されるべきである。
  3.  政治的活動等について届出制を認めるべきではないこと
     通知に関するQ&Aにおいては、放課後や休日等に学校の構外で行われる政治的活動等について、届出制とすることを条件付きながら許容する回答が記述されている。
     生徒の政治的活動等を届出制とすることは、生徒に対し、届出を通じて自己の政治的関心や志向を明らかにすることを強いるものであり、生徒の思想・良心の自由を侵害する。ひいては、生徒に政治的活動等に関する萎縮効果をもたらしかねないものであり、表現の自由を侵害する。
     放課後や休日等の政治的活動等を届出制とする校則は、生徒の表現の自由及び思想・良心の自由を広く直接に侵害するものであるとともに、政治的表現の自由が教育現場において尊重されないことを示すものであり、教育基本法14条1項にも違反する。
     したがって、通知に関するQ&Aが、放課後や休日等に学校の構外で行われる政治的活動等を届出制とすることを容認している点は見直されるべきである。
     なお、北海道教育委員会は、現在のところ北海道内の高等学校等に対し、生徒の政治的活動等への参加につき届出制を内容とする校則制定を求めていないことは、一定の評価ができる。
  4.  通知が教師の教育の自由を侵害するものであること
     (1)教育には、教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行わなければならないという本質的要請がある(旭川学力テスト最高裁判決)。このような教育が実現するためには、教師の専門性に裏付けられた一定の裁量が認められ、憲法23条に基づく教師の教育の自由が十分に保障されなければならない。
     ところが、通知は「政治的中立性を確保」すべきことを強調し、教師が指導に際して「個人的な主義主張を述べることは避け、公正かつ中立な立場で生徒を指導すること」を要請し、通知に基づく指導資料においても教師は特定の見解を自分の考えとして述べることは避けることが必要であるとされている。
     (2)北海道内においても、道立高校の教諭がいわゆる安全保障法制を授業で取り上げたことにつき、道議会議員から偏向教育ではないかとの指摘がなされたことを契機に、北海道教育委員会が調査を実施した経緯があった。
     通知の記載は、このような教育内容に対する行政の介入を招きかねず、ひいては教育現場の萎縮をもたらしかねない。
     (3)いわゆる「政治的中立性」を要請する教育基本法14条2項が禁止するのは、直接に特定政党への支持又は反対を目的とするような政治教育及び政治的活動と解されるべきところ、教師が「個人的な主義主張を述べることを避け」ることを求める通知は「政治的中立性」の解釈を誤っているというべきである。
     政治的中立性の要請を理由に教師が「個人的な主義主張を述べることを避け」ることが要請されるならば、現実社会に生起し、種々の見解が主張される政治的論争のある問題を授業で取り上げることができなくなるおそれが高い。ますます複雑化し、高度化する現代社会において、実際に生起する社会的政治的問題に生徒が関心を持ち、自ら考え、議論し、課題を解決しようとすることは、主権者としての能力を育むことに貢献すると考えられるところ、「政治的中立性」の名のもとにこのような生きた素材からの学習が阻害されるべきではない。
     また、教師が自己の見解を述べることは生徒との人格的な接触を図るとともに、生徒に対しても一人ひとりが自ら考え、自らの意見を述べることを促すものとして、有益な指導方法の一つである。
     (4)したがって、教師が自己の見解をことさらに生徒に押し付けるような手法によらない限り、政治的教養の教育については教師の専門的裁量が広く尊重されるべきであって、通知が教師に対して、個人的な主義主張を述べることを避けることを求めている点は見直されるべきである。
  5.  通知の運用に際し、各教育委員会及び各高等学校には十分な配慮が求められること
     通知を受けて、実際に運用する各教育委員会及び各高等学校は、生徒の政治活動の自由や教師の教育の自由が侵害されることのないよう十分に配慮すべきである。
     各教育委員会は、教育基本法の趣旨に従い、教育の中立性・自立性を確保するために、教育に関わる教員を不当な干渉、介入から保護すべき義務を負い、教師の教育の自由が侵害されることのないよう配慮すべきである。
     各教育委員会、各高等学校は、生徒の政治的活動等の自由を保障するとともに、授業における教師の政治的教養の教育における専門的裁量を尊重すべきである。
  6.  結論
    18歳選挙権の実施により、若い世代が有権者として自ら考え、一票を投じることが可能となった。主権者であるというためには、単に一票を投じることにとどまらず、社会に生起する様々な問題に興味関心を持ち、自ら考え、行動することが必要である。
     学校教育における「政治的中立性」とは、特定政党の支持を押し付けないことを指すのであり、種々の見解があり得る政治的社会的事象から目をそらすことではない。
    政治的中立性の名の下に教育が現実の政治的社会的事象に触れることを避け、高等学校等の生徒の政治活動の自由や表現の自由、思想・良心の自由等の基本的人権が侵害されることはあってはならない。
     以上から当会は、国に対し、通知及び通知に関するQ&Aの見直しを求めるとともに、北海道内の各教育委員会及び各高等学校等に対し、生徒の政治的活動等の自由を保障し、高等学校等における教師の政治的教養の教育における専門的裁量を尊重することを求める。

2017年(平成29年)3月29日
札幌弁護士会
会長 愛須 一史

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