声明・意見書

最低賃金額の大幅引上げと中小零細企業への実効的な支援等を求める会長声明

  1.  本年も、厚生労働大臣は、中央最低賃金審議会に対し、2020年度地域別最低賃金額改定の目安についての諮問を行い、同審議会から答申が出される見込みです。昨年、同審議会は、全国加重平均27円の引上げ(全国加重平均額901円)を答申し、これを受けて、北海道では北海道地方最低賃金審議会の答申に基づき時間額861円という地域別最低賃金が定められました。
     しかし、時間額861円という水準は、1日8時間、週40時間働いたとしても、各種控除前の名目給与金額で月収約15万円弱、年収約180万円弱にしかなりません。この金額では労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは困難です。まして、子どものいる家庭の場合には、この程度の金額では足りないことは明らかです。
     そもそも、我が国では、多くの労働者が最低賃金周辺の賃金で稼働しており、最低賃金額の低さは貧困や経済的格差を招来する直接的要因となっています。貧困や経済的格差の解消のためには、最低賃金額の迅速かつ大幅な引上げが必要不可欠です。近年の最低賃金額の引上げも、我が国に存在する貧困と経済的格差の解消のためには十分な引上げとはいえませんでした。
     特に、多くの非正規雇用労働者をはじめとする最低賃金付近の低賃金労働を強いられている労働者は、もともと日々生活するだけで精一杯です。こうした労働者は、もともと十分な貯蓄をすることもできておらず、自身の収入に影響のある事態が発生したときに生活を送ることがすぐに困難となることが今般の新型コロナウイルス感染拡大により明らかになりました。
     また、小売店の店員、運送配達員、福祉・介護サービス従事者等の、今般の緊急事態下においても社会全体のライフラインを支えている労働者の中には、最低賃金付近の低賃金で働く労働者が多数存在します。これらの労働者の生活を支え、社会全体のライフラインを維持していくためにも最低賃金額の引上げは必要です。
     新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される情勢下にあっても、労働者の生活を守るためには、最低賃金額の引上げを後退させてはならず、最低賃金額のさらなる引上げを実現すべきです。
  2.  他方、今般、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う影響から、経営基盤が脆弱な多くの中小零細企業が倒産、廃業に追い込まれる懸念も広がる中、最低賃金額の引上げが企業経営や労働者の雇用に与える影響を重視して最低賃金額の引上げを抑制すべきという議論があります。
     しかし、中小零細企業への支援は、元々必要であったにもかかわらず、十分な施策がなされてきませんでした。中小零細企業への実効的な支援によりその経営基盤の安定を図ることができれば、最低賃金の引上げを抑制する理由はないはずです。新型コロナウイルス感染拡大に伴う影響から、中小零細企業への配慮がより必要な状況となっていることに鑑みれば、政府自身が、中小零細企業に対するより一層充実した支援を実施すべきです。
     また、その支援の内容も新型コロナウイルスの感染拡大に伴う一時的な支援ではなく、中長期的な中小零細企業の雇用維持への動機付けともなる支援とすることで、労働者の雇用を守りつつ、最低賃金額の大幅な引上げを実現することは十分に可能です。
     例えば、最低賃金額の引上げの影響を受けるすべての中小零細企業に対する社会保険料や消費税等各種公租公課の減免、申請しやすい補助金の支給等、中小零細企業への実効的な支援策はたくさんあります。
     また、これまで以上に私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律や下請代金支払遅延等防止法を積極的に運用し、中小零細企業とその取引先企業との間で公正な取引が確保されることが図られるべきです。
  3.  さらに、最低賃金額の地域間格差が依然として大きく、ますます拡大していることも見過ごすことのできない重大な問題です。最低賃金額は、賃金水準全体にも影響を及ぼすため、地方では、賃金がより高い首都圏等での就労を求めて労働者が地元を離れてしまう現象も見られ、人口減少や労働力不足が深刻化しています。過疎の防止、地域経済の活性化、都市部への一極集中から来る様々なリスクの分散のためにも、最低賃金額の地域間格差の解消は喫緊の課題といえます。
     この間、地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる、労働者の生計費は、都市部と地方との間にほとんど差がないとする研究結果も出されており、都市部と地方によって最低賃金額に差をつける根拠は、必ずしも明らかではありません。
     日本弁護士連合会においても2020年2月20日付けで、「全国一律最低賃金制度の実施を求める意見書」を発表したところであり、政府においても、早急に全国一律最低賃金の実現に向けた検討を開始すべきです。
  4.  さらに、中央最低賃金審議会及び北海道地方最低賃金審議会は、最低賃金額についての実質的な議論を行う審理を例年非公開としていますが、審理の適正を担保するために、審理を全面的に公開すべきです。
  5.  当会は、近年、毎年、最低賃金額の大幅な引上げ等を求める会長声明を発出していますが、それぞれの年度の引上げは、貧困と経済的格差が蔓延する我が国の現状では、到底十分なものとは評価できるものではなく、地域的格差の解消も進んでいませんでした。
     今般の新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済状況等に鑑みても、「労働者の生活の安定、労働力の質的向上」(最低賃金法第1条)といった最低賃金法の趣旨、日本国憲法第25条の生存権の理念等に照らすならば、労働者がたとえ緊急事態下においても生活できる賃金を保障するため、時間額1000円の早期実現のみならず、最低賃金額をさらに大幅に引き上げることは、政府、中央最低賃金審議会、各地方最低賃金審議会及び各都道府県労働局長の法的責務というべきです。
     特に、今年は、2010年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」により、最低賃金額(時間額)を全国加重平均1000円にするという目標に到達することが掲げられた年です。
     当会は、本年も、政府、中央最低賃金審議会、北海道地方最低賃金審議会及び北海道労働局長に対し、まずは、最低賃金額の地域間格差を解消しつつ、中小零細企業への実効的な支援等とともに、最低賃金額について、可及的速やかに全国一律に時間額1000円以上とすること及びさらなる大幅な引上げを行うことを求めます。また、審理の適正を担保するため、最低賃金審議会の審理を全面的に公開することを求めるとともに、政府においても、早急に全国一律最低賃金の実現に向けた検討を開始するよう求めます。

2020年(令和2年)6月29日
札幌弁護士会
会長 砂子 章彦

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