声明・意見書

「生活保護法の一部を改正する法律案」に反対する会長声明

  1.  政府は、2013(平成25)年5月17日、生活保護法の一部を改正する法律案を衆議院に提出した。
     日本弁護士連合会は、改正案に対し、『生活保護の利用を妨げる「生活保護の一部を改正する法律案」の廃案を求める緊急会長声明』を出し、同案は、①違法な「水際作戦」を合法化する、②保護申請に対する一層の委縮効果を及ぼす、との2点において看過しがたい重大な問題があると批判した。市民や生活保護に関わる様々な団体からも同趣旨の批判が多数なされたこともあり、自民、民主、公明、みんなの党などは、修正案に合意し、同修正案が、同月31日、衆議院厚生労働委員会で、同年6月4日、衆議院本会議で可決され、参議院に送付された。
  2. しかしながら、この修正案も本質的には、改正案と変わらず、以下に述べるとおり、生活保護制度の利用を抑制し、憲法第25条が保障する生存権を侵害するものである。
    (1)保護開始申請における申請書提出及び書類の添付義務付け
     現行の生活保護法第24条1項は、「保護の開始の申請があったときは」と規定し、保護の申請を要式行為とせず、かつ、保護の要否決定に必要な書類の添付を申請の要件としていない。従来、生活保護行政の現場においては、本来申請として扱われるべきものを「単なる相談であり申請はない」ものとして扱い、審査を行わないという、いわゆる「水際作戦」が横行したが、法が保護の申請を要式行為としていない以上、口頭による保護申請も認められ、水際作戦は違法であるというのが確立した判例である。
     ところが、修正案第24条は、1項で、保護開始の申請にあたっては法が求める事項を記載した「申請書を」「提出しなければならない」と規定した上で、2項で、申請書には保護の要否決定に必要なものとして「厚生労働省令で定める書類」を添付しなければならないとして添付書類の提出を申請の要件として付加している。
     このような改正案が成立すると、従来は違法であった水際作戦が、「申請書または添付書類が提出されていないから申請の要件を充たさない」との理由付けによって「適法」と判断されることが危惧される。
     なお修正案では、第24条1項では、一部文言が変更され、但書として、「特別の事情がある場合はこの限りでない」という文言を加えられた。
     厚生労働省は、申請書や添付書類は必ずしも「申請時」に揃っている必要はなく、口頭の申請も認める趣旨であり、但書を加えることで、申請書や添付書類の提出は従来どおり「申請の要件ではないこと」がより明らかになったと説明している。
     しかしながら、このような修正案でも、申請書及び添付書類の提出が原則である以上、要保護者が窓口で申請の意思を表明しても申請書及び添付書類が揃うまでの間は単なる相談に過ぎないという取り扱い(水際作戦)が「適法」と判断されることが危惧される。
    (2)扶養義務者に対する事前通知の義務付け・調査権限の強化
     改正案第24条8項は、保護の実施機関(市町村)に対し、保護開始の決定をするときは、事前に、要保護者の扶養義務者に対して、厚生労働省令で定める事項を通知することを義務付けている。また、同項は、保護実施機関は保護の決定等に当たって扶養義務者に報告を求めることができるとするなど、実施機関の調査権限を強化している。
     しかし、このような事前通知の義務付けや調査権限の強化は、本来生活保護が必要な状況にある要保護者に対し、親族への気兼ねや親族間の軋轢(あつれき)発生の恐れを増大させ、保護申請を断念させるという重大な弊害をもたらすと言わざるを得ない。
  3.  生活保護制度は、経済的格差が増大し貧困が深刻な社会問題となっているわが国において、餓死・孤立死・自死等の悲劇や貧困を背景とする犯罪・虐待・いじめ等を根絶するために、その利用を促進する方向へ改善されるべきであって、利用を抑制する方向への法改正は制度の改悪であると言わざるを得ない。修正案は、今後参議院においてさらに修正される可能性を否定しないが、改正の方向性を改めずに法案を部分的に修正するだけでは、世論の批判をかわすための弥縫策に過ぎないとの批判を免れない。札幌市においては、平成24年1月に、障害者の妹とこれを監護していた姉が生活保護を受けられずに孤立死するという事件が起き、全国的にも広く報道された。生活保護制度は、生活困窮者の生存権を守るための最後の砦(セーフティネット)であって、生活保護法の改正は「人の生死」に関わる問題であるから、同法の改正には特段の慎重さが求められるが、衆議院における審議が十分であったとは到底言えない。
     当会は、憲法第25条が保障する生存権を侵害する「生活保護法の一部を改正する法律案」の問題点を根本的に改善することなく、その一部を限定修正するに過ぎない修正案には断固反対し、参議院で廃案にされることを強く求めるものである。

2013年6月11日
札幌弁護士会 会長  中村 隆

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